クマも植物のタネを運んでいる!?
ここで読者の皆さんにこの「シュシサンプ(種子散布)」について、ちょっと補足説明しておきたい。
植物はなるべく遠くへと自分のタネをまきたい。というのも、自分の種(しゅ)の生息域を広げておけば、例えば森林火災や土砂災害などで自分の生えている場所の植物が全滅しても、子孫がどこかで生き残れる可能性が高まり、絶滅を免れることができるからだ。
もちろん、植物は自分で動いてタネをばらまくことはできないので、さまざまな工夫をする。タンポポのようにタネに綿毛をつけるのも種子散布の工夫のひとつである。綿毛によってタネは風に乗れるから、遠くまで運ばれるだろう。
もうひとつ、動物による種子散布もある。果実を動物に食べてもらい、動物の体内で消化されないタネがウンコに混じって排出される。動物が移動しながらウンコを出せば、タネは元の木から遠くに運ばれるというわけだ。これを周食型の種子散布という。
また、リスなどの動物は植物の実をどこかに貯めて、そこから少しずつ食べる性質があるが、その実を貯めた場所を忘れてしまったり、貯めた実を食べきれなかったりすることがある。すると、その実のタネは春に発芽する。こちらは貯食型の種子散布である。
それまで周食型の種子散布を行うのは鳥類だと考えられてきたが、ちょうど私が卒論を書こうとしていた2000年ごろは、世界中で哺乳類による周食型の種子散布の可能性が注目され始めた時代だった。
提出3ヶ月前に卒論のテーマが勝手に変わる
クマは周食型の種子散布者かもしれない。それは、古林先生のみならず、研究室のメンバーを興奮させたのである。
シュシサンプ!
シュシサンプ!
シュシサンプ!
先生も、大学院生も、勉強熱心な同級生も、熱に浮かされたように「シュシサンプ」を繰り返す。
議論にはついていけないし、彼らが何をいっているのかさっぱりわからなかった。それでも非常にヤバい事態が起こっていることだけはわかった。
このとき、大学4年生の10月。そろそろ集まったデータを分析して論文を書き始める時期である。それなのに、新たに哺乳類の種子散布の先行研究の論文を読み、再びヤマザクラ以外のタネを数えなければならないとは!
本人を置いてきぼりにして勝手に盛り上がるのはまだいい。しかし、提出3ヶ月前に卒論のテーマを勝手に変えて、たんまり面倒くさい作業を押し付けるのは本当に勘弁してくれ......。
実は結果的にこれが私に研究者への道を開くきっかけになるのだが、あのときの私にとっては、きわめつけに不幸で不運な事故でしかなかった。