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なぜパワハラを繰り返す? 加害者が吐露した「父親への敬意」

石井光太(作家)

2023年12月15日 公開 2024年12月16日 更新

2022年4月にパワハラ防止法が施行されるなど、現在では「職場のパワハラ対策」は相当に進んだように思われる。しかし、それでもパワハラをしてしまう人たちは存在する。彼らはなぜパワハラをしてしまうのか、その根本にあるものは何か、そして彼らは変わることができるのか――。

本記事では、ノンフィクション作家の石井光太氏による「ハラスメント対策の現場」の取材から、「いかにパワハラ加害者を更生するか」という問題に迫る。

 

オンラインツールでのコミュニケーションが職場に生んだ弊害

日本の企業ではパワーハラスメント(以下「パワハラ」)事案が今なお多数起きている。

国内で初めてパワハラを提唱したのが、クオレ・シー・キューブの岡田康子氏だ。岡田氏によれば、今の日本社会には、パワハラを引き起こす空気が少なからずあるという。岡田氏は次のように語る。

「今の日本では、人々が何が正しくて何が悪いということに非常に敏感になっています。そして正しいとされることから少しでも外れれば、みんなで寄ってたかって叩こうとする。

会社の中で起きるパワハラも同じです。上司はこれこそが正しいと思って、部下が少しでもそこから外れると、『できない人間』とか『やる気がない』というレッテルを貼って、強い言葉で批判しようとする。社会全体がそうなっているので、会社の中でも行為者(パワハラの加害者)は自然と同じことをやってしまいがちなのです」

筆者も同じ危機感を抱いている。これまでにネットで行われてきた「正論主義」や「言葉狩り」が、最近はリアルの社会にまで浸透し、様々な言葉の暴力を生み出しているように感じる。

本来はいろんな状況を加味して物事を判断するべきなのに、どこからか「正解」を持ってきて、その枠から外れた人を叩いて排除しようとするのだ。それが職場の上司と部下の関係に持ち込まれればパワハラになる。岡田氏はつづける。

「企業で使用されるネットでのコミュニケーションもパワハラを生む要因の一つになっています。上司と部下がメールや社内のSNSで連絡を取り合うのは今や当たり前ですが、そこでいろんな誤解や衝突が生まれている。メールやSNSのやり取りは、肌感覚を伴うコミュニケーションとは程遠いものです。それなのに、何でもかんでもメールやSNSでやってしまうので、問題が起きてしまう」

対話の基本は、相手と関係性を築き、気持ちを読み取りながら、語彙を駆使して意思の疎通を行うことだ。だが、メールやSNSは文字数も含めて、それをするようにデザインされていない。あえて言えば、電報やモールス信号のように必要最低限の文字数で用件だけを伝えるためのツールだ。

それが部下と上司のコミュニケーションの中心になれば、語彙の少ない短慮なやり取りによってトラブルが続出するのは必然だろう。

 

パワハラ加害者が変わる第一歩は「彼らの物語を聞くこと」

こうした社会背景の中で様々なパワハラ問題が起こるのを受け、岡田氏が率いるクオレ・シー・キューブは数多の企業を相手に研修、セミナー、そしてカウンセリング等を行っている。

研修やセミナーは啓発による予防を目的としているが、カウンセリングは社内でパワハラを起こした人にプログラムを施し、もう一度社内で活躍できるようにするための事業だ。

カウンセリング事業は、一般的に企業の側からの依頼で行われる。岡田氏によれば、加害者の多くが、責任感が人一倍強く、真面目に仕事に取り組む人たちだという。だから企業の側も、カウンセリングを通して意識を改めさせ、再び戦力として活躍してほしいと願っているのだ。

同社のカウンセリングは、社員2人がパワハラの加害者と向き合い、通常は3回に分けて行われる。岡田氏は次のように話す。

「カウンセリングの初回は5、6時間かけて、行為者(パワハラ加害者)の"物語"に耳を傾けます。行為者には、パワハラをすることになった、その人なりの理屈があります。これまでその人がどのように仕事をやってきたのか、いかに部下とかかわってきたのか、理想とするものは何なのか。彼らなりの物語を聞くことで、その理屈をはっきりさせる必要があるのです」

パワハラをした上司の多くは、長い会社員生活の中で自分なりの信念や成功体験を持って出世の階段を上り、それを元にして部下への指示や進言を行ってきた。時には幼少期の経験がそれに影響を与えていることもあるだろう。

岡田氏が言う「物語」とは、こうしたこと全体を示している。カウンセリングの中でその物語をじっくりと聞いていくと、パワハラの要因となる信念や体験にぶつかることがあるという。

たとえば、加害者が、「私の父親は会社のために土日返上で働いて生活を支えてくれた」とか、「私が一番尊敬する上司は、部下を一糸乱れることなく統率できる」と語ったとしよう。本人の物語の中ではそれは正しいものなので、彼は社内でも良かれと思って部下に対して同じことをしようとする。

だが、彼の物語の中では正しくても、別の生き方をしている部下にとっては仕事の強要や精神的に追い詰めるようなパワハラになる。

カウンセリングで重要なのは、彼らの物語の中から、このようなパワハラの要因となる理屈を探して当てることだ。本人も気がついていない原因を明らかにすることが、意識を改めるための第一歩になる。岡田氏はつづける。

「行為者の物語からパワハラにつながる理屈を見つけたら、そこをしっかりと共有します。批判するわけではなく、あなたがこう思っていても、状況が違えばパワハラと受け止められてしまうことがありますと伝えるのです。

行為者がそれを認めれば、一緒になってどうすればいいかを考えていく。あなたの考え方をこのように変えてみてはどうだろうか、部下に真意を伝えるためにはこういう表現をしてみてはどうか。そのようなことを確認した上で、ロールプレイなどを通して適切な人間関係の築き方を身につけていくのです。

最初のカウンセリングが終わったら、社内でしばらく学んだことを実践してもらいます。翌月の2回目のカウンセリングでは振り返りをし、うまくいったこと、いかなかったことを明らかにした上で、より改善できるように調整する。そしてもう一度それを社内で実践してもらい、最後のカウンセリングへとつなげていくのです」

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