ラグビーワールドカップ2023フランス大会で、日本代表キャプテンを務めた姫野和樹さん。チームをまとめるキャプテンとして、通訳なしでもメンバーとコミュニケーションを取るために、改めて英語の勉強を始めたそうです。初歩的な文法からやり直し、今では英会話を楽しめるように。姫野さんにお話しを聞きました。
(取材・文:髙松夕佳、写真提供:TOYOTA VERBLITZ)
※本稿は、『PHP』2024年4月号の内容を抜粋・編集したものです。
英語は絶対に必要だと信じていたから、続けられた
大学卒業後に入ったトヨタヴェルブリッツでいきなりキャプテンを任されたことをきっかけに、2017年から英語学習を続けています。ずっと勉強しなければと思っていましたが、キャプテンになったことで、真剣に取り組むようになりました。
チームには専属の通訳がいるし、日本語がわかる外国人選手も多いので、英語ができなくても基本的に困ることはありません。でも、15人でプレーするラグビーにおいて、チームをまとめるキャプテンの影響は大きく、通訳を介さずに外国人選手とコミュニケーションを取りたかったんです。
もともと英語は一番きらいな教科で苦手意識が強く、be動詞さえわからないほどでした。そこで高校時代の英語教師だった柴田一平先生に「一から教えてください」とお願いし、週に数回、練習後に自宅に行って特訓していただきました。
まずは中学生用の教材で文法の基礎からやり直し。柴田先生には、毎日数行でもいいから英語で日記をつけるように教わり、授業で見てもらいました。単語や文法がわかるようになってきたら、チームメートと片言の英語でも話すようにしました。
自分から始めたものの、やっぱり難しく、あきらめそうになることもありました。そんな弱気な自分に打ち勝ち、学ぶことを続けてこられたのは、英語がいかに必要か、自分にとっての価値がわかっていたからです。
僕には「日本代表のキャプテンになってワールドカップに出場したい」「海外でプレーしたい」という夢がありました。日本代表のメンバーにも多くの外国人選手がいますし、英語は絶対に必要だと信じていたので、続けられたのだと思います。
基礎がある程度できるようになったら、英会話教室のマンツーマン講座に切り替え、今も週1回のペースで通っています。
チームの外国人選手と息抜きにやっているオンラインのシューティングゲームも、英会話の勉強になりました。ゲーム内での会話やチャットはほぼ英語ですが、文法や時制などの細かいことは気にせず、伝わればいいというラフなもの。英語が大きらいだったからこそ、楽しみながら学ぶと自然と会話力が身につくことを実感しました。
続けるためには「投資」する
英語に限らず、何かを勉強している人は、必要があって始めたはずです。くじけそうなときは「なぜそれを始めたか」に立ち戻り、目標や夢を強く意識するといいと思います。僕は、自分がどんな人間になりたいか長期的な目標や夢を書き出し、目につく場所に飾っています。
安くはない授業料を払って英会話教室に通っていることも、続いている理由かもしれません。自己投資にかけたお金の価値は、自分がどれだけ勉強するかによって、倍以上にもなれば半分にもなる。僕は昔から続かないタイプだったので、やらざるを得ない状況をつくるために、自分に投資することは追い風になっていると思います。
英語学習を始めて4年目の2021年、世界最高峰リーグ「スーパーラグビー」のハイランダーズへの期限付き移籍が決まり、ニュージーランドで半年間プレーしました。
ある程度は勉強したつもりでしたが、行ってみると、全然聞き取れない。学んでいたアメリカやイギリスの英語に比べて、南半球の英語は方言など地域特有の言葉があったりして、すごくとまどいました。
現地では、3人の外国人との共同生活でした。見知らぬ人と集まって生活するのは初体験。毎週のハイレベルな試合に向けてハードな練習を重ねる一方で、帰宅しても異文化コミュニケーションで気を遣う。息抜きが難しく、ストレスの多い日々でした。
でもそれは、僕の狙い通りでもありました。当時の僕は、2019年のワールドカップを経て、中堅選手として認められるようになっていました。
ハイランダーズへの移籍は、そんな居心地のいい環境を離れるため。トヨタでいきなりキャプテンになったときも失敗だらけでしたが、数々の失敗から学んで立ち上がり、次に何をすべきか考えることで成長してきた自負が僕にはある。失敗すれば成長できると、あえてストレスがかかるだろう環境に飛びこんだのです。ニュージーランドでは、自分の望んだ環境で密度の濃い経験ができました。
楽しいと思えることが原動力
ゼロから英語を学び始めて7年がたち、今は英会話が楽しく思えるようになりました。コミュニケーションが円滑になって、外国人選手と飲みに行ったり、家に遊びに行ったりと、関係性も深められています。
でも昨年のワールドカップでキャプテンを務めたときは、まだまだだと感じました。日常会話やラグビーの話はできますが、発音は下手だし、語彙も足りない。英会話のレッスンに通うだけでなく、練習後のマッサージを受ける時間にアプリで英単語を覚えたり、空いた時間にはSNSで英文を読んだり、移動中は車の中で英語のラジオやポッドキャストを聴いたりしています。
知らないことを知れる楽しさが学ぶ原動力になり、考え方の幅が広がってチームづくりにも役立っています。朝起きて一番に勉強することも習慣にしているんです。
今は「トヨタで優勝する」という夢に全力を注ぎたいので、海外への移籍は考えていません。その夢を追いながら、次もワールドカップのメンバーに選んでもらえるよう、できることを積み重ねていきたいです。
【姫野和樹(ひめの・かずき)】
1994年、愛知県生まれ。2017年、帝京大学卒業後にトヨタヴェルブリッツ入団。ラグビーワールドカップ2019日本大会では、ベスト8に貢献。ラグビーワールドカップ2023フランス大会では、キャプテンを務めた。著書に『姫野ノート』(飛鳥新社)がある。