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祖父母が、孫の歓心を「お小遣いでつなぎ止める」と不幸を招く理由

保坂隆(精神科医)

2024年08月29日 公開

最近の子どもは「シックスポケット」を持っていると言われているそう。両親のほかに祖父母が計6人からお金をふんだんにもらえる孫を指す言葉です。孫が喜ぶ顔を見たいという気持ちから、つい高価なものを買ってあげたり、小遣いを渡したりしてしまうのはあるあるです。しかし過剰な金銭援助は、不幸を招く可能性があります。書籍『お金をかけない「老後」の楽しみ方』から紹介します。

※本稿は、保坂隆著『お金をかけない「老後」の楽しみ方』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

教育こそが一生の財産 子どもが「選んだ道」を進ませる

Xさんは、団塊世代より一世代前に薬剤師になった人です。実家が薬局だったわけではなく、平均的なサラリーマン家庭だったとか。薬剤師になるには大学に進まなければならず、兄弟も多い時代だったので、両親の負担はけっして小さいものではなかったでしょう。それでも薬剤師になりたい気持ちを抑えられず、おずおずと両親に進路についての希望を話したところ、ご両親はこう話して賛成してくれたそうです。

「うちはこれといった財産は残してやれないから、子どもに教育だけはつけてやりたい。これと思う道を進んでいきなさい」

それから有為転変――。高度成長期もあればバブル沸騰期もありました。やがてバブルは崩壊し、家や株などの財産は時代とともに翻弄されたけれど、身についた教育や資格は揺らぐことなく、Xさんの「一生の財産」になっています。

でも間違えないでください。薬剤師になったからお金が儲かり、一生の財産になったということではありません。自分が信じる道を進むことができ、その仕事を通じて、Xさんは充実感や生きがいを持つことができた。これが一生の財産なのです。

Xさんは自分が親から受け取った教育こそが、一生の財産であるという考え方をわが子にも貫き、自分ができる最大限の後押しをして、二人のお子さんをそれぞれが選んだ道に進ませたそうです。

この記事の読者である年齢層には、子どもの教育はだいたい終わったという人が多いかもしれません。でしたら、その次の世代、お孫さんの教育に持てるものを注ぐというのはいかがでしょう。最近、孫の教育資金に祖父母がお金を出す場合、1500万円までは贈与税が免除されることが法的に認められるようになったのはご存じでしょうか。次の項で、それについてくわしくお話ししましょう。

 

孫の教育資金1500万円まで「非課税」の制度について

税制改正により、祖父母から孫に1500万円まで、教育資金を非課税で贈与できるようになりました。ジジババの間では「お宅、1500万円ある? うちなんか孫から督促されちゃったよ」などと、笑い話というにはやや微妙な会話が交わされることも増えているそうです。

日本銀行が発表した2023年の「資金循環統計」によると、家計の金融資産残高は12月末時点で、過去最高の約2141兆円。その60パーセント余りを高齢者が保有しているのです。教育資金の税制改正は、高齢者の潤沢な資産を若い世代へ贈与させ、社会に出回るお金を増やし、経済を活性化しようという狙いで生まれた制度です。

具体的には、教育資金に限って、祖父母がみんなで孫一人あたり1500万円まで非課税で贈与できるというもの。といっても話は単純ではなく、実際には信託銀行などに「専用口座」を作って入金しておき、必要なときに引き出す方式になっています(孫と祖父母の間で将来の教育資金を一括して贈与する契約を結ぶ)。対象は30歳未満の孫。引き出すときには、何に使用するのかが明確に分かるように領収書などを銀行に示すことが義務づけられています。

また、入金された1500万円は祖父母が亡くなった後も使えます。認められる範囲は原則として幼稚園、保育園、小中高校、大学などの入学金や授業料。また修学旅行、遠足の費用、さらには塾や予備校、ピアノ、水泳などといった習いごとの費用も認められます。

ただし、学校以外の支払いは上限500万円までと決められています。一方で下宿代、参考書代(本屋の領収書)は本当に学業のためかどうか見きわめがつきにくいので、認めないとされました。また、この制度は時限措置で、適用されるのは現在のところ2013年4月から2026年3月末までとなっています。

また、1500万円の信託預金が使いきれずに残った場合は、相続税よりも重い贈与税が課せられることになっているので注意が必要です。この制度発足の話を聞いて、私自身の考え方は微妙です。

「孫はかわいい。特に教育資金なら、実際に1500万円ものお金が余裕であるのなら快く支援したい」という気持ちがある一方で、孫の教育費を支援できる祖父母はいいおじいちゃん、おばあちゃんに。支援できない祖父母は、家族や周りから肩身が狭い......。そんな「格差の温床」になりそうな気がするのです。加えて、ただでさえ日本の子育てはお金がかかりすぎるという風潮を、さらに強くしそうな気もします。

文部科学省が発表した令和3年度の「子どもの学習費調査」によると、幼稚園から高校までの15年間にかかる授業料、教材費、給食費、制服代、習いごと・塾の月謝などは、すべて公立を選んだ場合でも約157万円、すべて私立を選んだ場合は約447万円かかるそうです。さらに大学に進学すると、卒業までの費用は国公立大学で481万円、私立大学(文系)で約690万円、私立大学(理系)で約822万円(大学の費用は日本政策金融公庫、2021年発表による)かかるそうです。

制度の是非はともかく、こうした教育費用の現実問題として、祖父母の支援が可能であれば、子どもや孫世代にとって大きな力になるでしょう。

この制度を利用するなら、その前に親子、孫(の年齢にもよりますが)が将来の教育とお金について十分に忌憚なく話し合うよい機会であると考え、そのうえでこの制度を利用するかどうか、それぞれの状況・事情に応じて、慎重に結論を出すようにすべきだと思います。

 

孫の欲しがる「ポケット」にならない お互いに不幸になる

前項の続きですが、こうしてしっかり孫に教育資金を残すのは生きたお金の使い方といえるでしょうが、それでもやはり、やたらと気前よく孫の顔を見るたびに「小遣いをやろうか」とお金を与えたり、高価なおもちゃを買い与えるのは控えるべきです。これでは買っているのは、孫の歓心のような気がします。

さて最近の子どもは、「シックスポケット」を持っているとのこと。両親のほかに父方の祖父母、母方の祖父母の計六人が、その子のためにお金をふんだんに使ってくれるというわけです。さらに、シングル(独身)のおじ・おばでもいれば、エイトポケットとかテンポケットと、孫に注がれるお金はさらに膨らんでいきます。

孫が生まれた頃は、仕事も現役で収入もたっぷりあったという人も少なくないでしょう。私にも孫がいますが、孫は子ども以上にかわいく、元気も運んできてくれます。それでつい甘くなり、孫の喜ぶ顔を見たい気持ちも強く、ねだられれば少々高いものでも「二つ返事」で買い与えてしまうのでしょう。

そのうちに、モノより現金を欲しがるようになり、それでも大甘のジジババは孫に会うたびに、ついお金を渡してしまう......。これでは、結果的に孫の心をお金でつなぎ止めていることで、孫を愛するという気持ちが卑しいものになってしまいます。お金をあげなくなったら、孫が寄りつかなくなった――。そんな寂しいことにもなりかねません。

「子どもを不幸にするいちばん確実な方法は、いつでも何でも手に入るようにしてやることです」

ルソーは著作『エミール』の中でこう言っています。これはある人に聞いた話の受け売りですが、イギリスでは貴族など上流家庭はわが子を親が育てることはしないそうで、「ナニー」と呼ぶ乳母が育てる習慣があるとのこと。母親が社交に忙しいこともありますが、どうしても甘やかしてしまうから、という理由も大きいと聞きます。食事もナニーと一緒に食べますが、子どもには贅沢な食事を与えず、わざと粗末で味もおいしいとはいえないものを食べさせるのです。

上流家庭の子弟が行く名門校は全寮制が普通で、ここでも徹底的に、粗末と言いたいくらいの質素な食事、暮らしをさせます。そうしなければ「骨のある人間」には育たないと考えているからです。

孫を不幸にしたくないのなら、孫の親、つまりわが子と話し合い、孫に与えるもののルールをつくるといいと思います。財布のヒモを締めることは、むしろ孫のため、孫への愛情でもあると、しっかり理解しましょう。

知人の場合は、現金をあげるのはお年玉だけ。あとは誕生日とクリスマスには予算を伝え、孫の希望のものを買ってあげる。ほかには入園や入学の節目だけ、ランドセルや机など必要なものを買う――と決めたそうです。

とはいえ、この取り決めでは我慢できなくなることもよくあるそうです。実は我慢できないのはジジババのほうで、孫に何か買ってあげたくて、うずうずしてしまうのです。そこで知人はただ一つ、買ってもいい例外を設けたそうです。

もちろん、親と相談のうえですが、例外に選ばれたのは本。それも毎回、一冊だけが約束です。「なんだか高い図鑑を買わされちゃったよ」などと口ではグチりながら、知人は自分が買ってあげなければ孫が読むこともなかっただろうと、けっこううれしそうな顔をしています。

 

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