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生き方

上司にきらわれたくない...公認心理師が身につけた「嫌な人間関係の上手なかわし方」

上野恵利子(公認心理師)

2024年08月19日 公開

職場の人間関係や、忙しい毎日に、ふと不安を感じてしまうことはありませんか? 月刊誌『PHP』2024年7月号では、ネガティブな感情にとらわれず、心の健康を保つためのヒントを、公認心理師の上野恵利子さんに聞きました。(取材・文:社納葉子)

※本稿は、月刊誌『PHP』2024年7月号より、一部編集・抜粋したものです。

 

しんどくなる前に気持ちを切り替える

私は41歳のとき、小学生だった3人の子供を連れて離婚しました。慰謝料や養育費、手に職もない状態で、母のすすめもあって看護師になることを決意し、奨学金をもらいながら看護学校に通って、資格取得後は精神科で働き始めました。

子供たちを育てあげるのが自分の責任だと考え、家事や仕事に追われる日々。3人の子供それぞれを塾に送り迎えする車の中が一対一で話せるわずかな時間でした。

落ち込む暇もないと思っていましたが、今思えば、しんどさを優しい長男に向けていたのでしょう。つい厳しく当たってしまい、やがて思春期を迎えると口もきいてくれなくなりました。

長男との関係が難しくなりだしたころ、看護雑誌で目にしたアンガーマネジメントを学び始めました。当時、私は家庭で怒ってばかりでしたが、勤めていた精神科の患者さんやそのご家族、看護師たちも、怒りにまみれた環境にいたのです。

試しに「怒りにとらわれそうになったときは6秒待って、一呼吸置く」ことを、病棟の約20名の看護師たちと実践しました。3週間ほどで効果があらわれ、自分も落ち着けるし、患者さんにも余計なことを言わなくてすむと好評だったのです。

アンガーマネジメントとは、怒るべきことと怒る必要のないことを線引きすることです。思い通りにならないとなんでもかんでも怒っていた私でしたが、怒りの原因が自分の問題か相手の問題かを見きわめられるようになると、怒る回数が減っていきました。

たとえば、長男が宿題をしないこと。親の立場としてはやきもきしますが、先生に怒られるのも勉強がわからなくなるのも彼です。先々で困るようなことがあったときにあらためて相談すればいいという考え方になり、勉強をしていない姿を見ても小言を言わなくなりました。心に余裕が生まれて長男への接し方が変わると、長男の態度も少しずつ柔らかくなっていきました。 

精神科病棟では、多くの患者さんと出会いました。笑顔で退院した人が3カ月後に暗い顔をして再入院してくることはめずらしくありません。みずから命を絶ってしまった人もいます。「本当の回復ってなんだろう」と考えざるを得ませんでした。

人に頼ることを知らなかったり、自分をケアできなかったりすると、社会で心が折れてしまう。心が折れてしまう前に回復させる手助けがしたいと思うようになり、公認心理師の資格を取得しました。

 

すきま時間にできる気分転換

心が完全に折れてしまうと、立て直すのに時間がかかります。だからこそ、元気なうちにリフレッシュできることを見つけて、「しんどくなったらこうしよう」と決めておくといいでしょう。

散歩をする、おいしいものを食べる、掃除をするなどの気分転換で心がすっきりするという人は多いです。時間やお金に余裕があれば、旅行をするのもいいでしょう。

どんな方法が合うかは人それぞれですが、「不安なことを考えない時間をつくる」のがポイント。何もすることがないと、人間はいいことよりも不安なことのほうを考える習性があります。考える時間を減らし、今やるべきこと、楽しめることに集中しましょう。

それでもふとした瞬間に不安を感じたら、気分転換をしてください。日常的に心を整えられる4つの方法をご紹介します。

①深呼吸
不安なときほど焦って呼吸が浅くなりがちです。深い呼吸をすると「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンが出てリラックスでき、問題解決のために新たなひらめきが生まれます。

②ストレッチ
手足を伸ばすと、副交感神経が働いて落ち着きます。

③温かいものを飲む
コーヒーや紅茶など、好きなものでOK。香りとの相乗効果で心を癒やせるでしょう。

④ジャーナリング
心配なことを書き出します。優先順位や対策を考えることで、漠然とした不安を整理できます。

どれも1分から15分程度でできるものなので、自宅や移動中などのすきま時間にやってみてください。

 

人間関係で心を乱されないために

自分だけで不安を抱えきれなくなったときは、人に頼るのも一つの手です。とはいえ、とっさにだれを頼ればいいかわからないこともあるでしょう。人間関係は観葉植物と同じで、水をあげないと育ちません。ふだんから連絡をとり合える人を探し、安心できる居場所を見つけておいてください。

理想的なのは、自分がしんどいときだけ一方的に頼るのではなく、相手に嫌なことがあったときも聞いてあげられるような、助け合える関係を築くことです。

一方で、人間関係においては、境界線を意識することも大切です。境界線とは、「これ以上は踏み込んでほしくない」という、目に見えない垣根です。家族や親しい友人でも越えてはいけないものであり、自分や他人を尊重するものでもあります。

苦手な人がいたら、この人とは仲良くならなくてもいいと割り切り、最低限の礼儀はわきまえたうえで淡々とした態度で接することで、自分の境界線を守ることができます。

たとえば、気の合わないママ友にランチに誘われて断りたいときは、お礼とお詫び、できない理由を丁寧に伝えれば充分です。

「お誘いありがとうございます。でもごめんなさい。どうしても予定があって参加できないんです」といった感じでしょうか。わざわざけんかを売るような言い方をする必要も、へりくだりすぎる必要もありません。断ったことで相手がどう思うかは、相手の領域。きらわれるだろうかとか、気を悪くされるだろうかと思い悩むのは、相手の領域に入り込んでいることになります。

私は看護師になって最初に配属された職場で、上司と合わず、しんどい思いをしました。私は患者さんに対して極力丁寧な言葉で話すようにしていたのですが、その上司は、精神科では少々くだけた話し方をしたほうが患者さんに心を開いてもらえるという考え方だったため、「話し方が気に入らない」と言われたのです。

そこで「上司にきらわれたくない」と思うとつらくなりますが、「自分の役割を果たせばいい」と考えれば、落ち込むことを防げます。私は「そうですか」と受け流し、やるべき仕事に淡々と向き合いました。そのうち上司は何も言ってこなくなりました。

くだけた話し方を好む患者さんばかりでないこともわかり、丁寧に話すからこそ信頼してもらえるケースも経験しました。

自分は自分、他人は他人と考えると、人間関係も円滑になります。それに、どんな関係も永遠に続くわけではなく、必ず環境が変わるときが来ます。期間限定だと思って、自分の心を守りながら過ごしましょう。

 

著者紹介

上野恵利子(うえの・えりこ)

公認心理師

大阪府生まれ。精神科の看護師として13年間で3000人以上の患者と関わる。日本アンガーマネジメント協会公認講師。現在は、病院や企業向けの研修や講演、個人カウンセリングなどを行なう。著書に『「心の回復力」の高め方』(ロングセラーズ)がある。

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