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銀座の街に、人魚が逃げた? 作家・青山美智子さんが発見した「アンデルセンの新たな解釈」

青山美智子(作家)

2024年11月29日 公開

週末の銀座に突如現れた「王子」と、五人の男女が交錯する青山美智子さんの新作『人魚が逃げた』。"物語と向き合う物語"でもある本作のきっかけは、意外なところにありました。『文蔵』2024年12月号では青山さんにお話しを聞きました。

(取材・文=瀧井朝世 写真=土佐麻里子)

※本稿は、『文蔵』2024年12月号より内容を抜粋・編集したものです。

 

物語は生きている

――新作『人魚が逃げた』は、さまざまな要素が詰まった連作集ですが、出発点はどこにあったのでしょうか。

【青山】3年前にニシキヘビが逃げたニュースが話題になったんです。2週間くらい見つからなくて、テレビで専門家がニシキヘビのことを語ったり、どこにいるか予想を立てる人がいたりして。あの頃、見つかるまでの間みんながニシキヘビのことを考えていたんですよね。実は私の家から遠くない場所の出来事だったので、私も、飼い主さんやニシキヘビの気持ちを想像していました。

編集者さんと雑談でその話をしていた時に、みんなが知っているけれど詳しくは知らない生き物が逃げた話はどうだろう、と思いついたんです。いろいろ話すうちに、ぽろっと「人魚かな」と言ったら、「それでいきましょう」と言われて。

――銀座を舞台にしたのは、どうしてですか。実在の場所がたくさん出てきますね。

【青山】人魚の次に考えたのが場所でした。銀座は、私が東京に出てきて最初に働いた町なんです。田舎から出てきて、ある人から銀座の出版社の仕事を紹介されて、面接の日にその方と待ち合わせたのが和光の前でした。

銀座って絵空事のようなお店があって、碁盤の目のようになっていて、ちょっと角を曲がると全然違う世界があったりする。田舎から出てきた自分にとって不思議なことが起きてもおかしくない場所という気がしていました。なので、銀座と人魚の組み合わせは私にとっては相性が良かったんです。

――作中、アンデルセンの童話「人魚姫」にも言及されます。もともとこの童話については詳しかったのですか。

【青山】いえ、最初はこの話に「人魚姫」を出すかも決めていなかったんです。でも五人の主人公の一人としてクラブのママが浮かんだ時、クラブホステスの女の世界と、人魚姫のお姉さんたちの世界がリンクしたんですね。それで「人魚姫」の話を出したくなりました。

「人魚姫」の本もたくさん目を通しましたが、ことごとく内容が違うんですよ。同じ物語でも人の手でどんどん変わっていったところに、ニシキヘビの生態じゃないけれど、小説の生態みたいなものを見た気がして、「物語は生きているんだな」と感じました。

そこから小説や物語ってなんだろうと考えて、いろいろな発見があったんです。なのでこれは、小説書きとして大きな意義や覚悟みたいなものが得られた作品ですね。

 

現実というフィクションの中で

――収録される五篇の主人公は、恋人との関係など、なにかしら事情や悩みを抱えている。

【青山】この小説の中には、わりと相手の言動に対する誤解が出てきますよね。読者は俯瞰で見えているから、それが分かる。

私たちは思い違いだらけの中で生きているんですよね。それが本当かどうか分からないのに「相手はこう思っている」と思って、そのフィクションの中を生きている。いったん「あの人は機嫌悪そうだな」と思ったら、本当はその人は緊張していただけかもしれないのに、「あの人は機嫌が悪い」という世界を生きてしまう。そう思うと、リアル世界もフィクションも、たいして変わらない気がします。

そうした誤解が多いなら、できればいい誤解をしたいですよね。「あの人、私のこと好きかも」とか(笑)。自分でいい物語が作れたらすごく幸せだろうなと思います。

――主人公たちは作中で王子と出会い、アンデルセンの「人魚姫」に関して独自の解釈を口にしますが、それにはっとさせられました。物語を摂取する時、人は自分がその時欲しい言葉や望む解釈をしているんだなと実感しました。

【青山】その通りだと思います。だから王子と出会うタイミングによって、各主人公から引き出されるものが違うんですよね。

――特に2章の「街は豊か」での、人魚姫が人間の世界に行こうとした理由についての解釈が、すごくいいなと思いました。

【青山】嬉しいです。編集者さんと打ち合わせで「人魚姫」について話すことが多くて、だんだん二人だけの読書会みたいになっていったんですよ。2章の解釈も、その読書会の中で出てきたことなんです。

ひとつの作品について、人といろいろ話していると、いろんなものが見えてくるんですね。たとえば、最初は「王子、駄目だよね、無神経だよね」と言っていたんですが、だんだん「王子は悪くなくない?」となったりして。違う人が読んだら違う感想になると思うし、それがフィクションの面白さですよね。

――そこから主人公たちも自分の誤解に気づいたり、身近な人に対する見方、考え方が変わっていったりします。

【青山】今回は、ラブの要素を入れたかったんですよ。実は編集者と私の間では裏テーマがあって、それは「結婚」なんです。そもそも「人魚姫」って、婚活の話なんですよね。王子と結ばれるために、懸命な努力をする人魚姫......。

――ああっ! いわれてみれば確かに!

【青山】そのリアクション、めちゃくちゃ嬉しいです(笑)。人魚姫は婚活を頑張ったのに、結婚したかった相手が他の人と結婚してしまったんですよね。

それで1章は好きな女性へのプロポーズを考えている青年の話、2章は長年結婚しているけれど、「私の居場所はどこだろう」と感じている女性の話、3章と4章では、結婚した当初はラブラブだった夫婦が別れることもあるし、お見合い結婚で燃え上がるような恋愛はしていないけれどうまくいく二人もいる、という対比を描きたかった。最後の5章は1章の回収ですよね。

書きながら、結婚したら愛情は永遠なのかとか、結婚がすべてではない、といったことを考えていました。

 

アンデルセンに共感

――アンデルセンの人生についてもいろいろ言及されていて、意外な事実を知りました。

【青山】今回、アンデルセンについて書かれた本や漫画も手あたり次第に読みました。その時に感じたのが、作品が素晴らしいのはもちろんですが、作品を残してきた人の功績も偉大だということ。

編集者さん、印刷所の人、なにより読者さんが、彼や彼の童話を語り継いできて、そのおかげで私たちは彼の物語を楽しめているし、彼がどういう人かも知ることができている。それで、私もアンデルセンのことを書き残したいという気持ちになりました。

アンデルセンに関する本で一番面白かったのは自伝です。彼の、書かずにいられなかった衝動を近しく感じました。それと、ちょっと変な人なんですよ。私も幼い頃から「変わってるね」と言われることがあったんですが、自分では分からなかったんです。でもアンデルセンの自伝を読んで「変な人だな」と思った後で、あ、これ全部私にも当てはまるな、って(笑)。そこも近しく感じました。

だから、他の人がアンデルセンの自伝を読んでも、私ほど感動はしないかもです(笑)。

――5章「君は確か」で、ようやく王子の正体が分かります。これがもう、まさかの内容でした。

【青山】最後の展開は、私にとってチャレンジでした。ネタバレになるから、この本の書評を書くのは難しいかもしれませんね(笑)。先日、『人魚が逃げた』を読んでくれた書店の方に言われたことなのですが、映画ってエンドロールが終わった後で何か起きることがあるじゃないですか。「この小説はそれだ」って。だから、「皆さん最後まで席を立たないでください」と。

――ああ、まさにそうです。

【青山】私はインタビューで「読者に向けてメッセージを」と言われても、いつも「好きなように読んでください」と答えているんですけれど、今回に限っては、「最後まで見届けてください」って言いたいです。

 

【青山美智子(あおやま・みちこ)】
1970年生まれ。愛知県出身。横浜市在住。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。デビュー作『木曜日にはココアを』が第1回宮崎本大賞を受賞。『猫のお告げは樹の下で』が第13回天竜文学賞を受賞。『お探し物は図書室まで』(2位)、『赤と青とエスキース』(2位)、『月の立つ林で』(5位)、『リカバリー・カバヒコ』(7位)と2021年から4年連続で本屋大賞にノミネートされる。

 

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