31歳で仕事をやめ、医学部受験 勉強へと奮起させた「20代のがん闘病経験」
2026年03月29日 公開
研修医の松浦美郷さんは30代で医師になると志し、医学部に入学。きっかけは、自身のがんでした。目標に向かって勉強に励む松浦さんにお話しを聞きました。
取材・文:鈴木裕子
※本稿は、月刊『PHP』2024年4月号より、内容を抜粋・編集したものです
24歳で訪れた闘病生活
31歳で仕事をやめ、医師を目指そうと勉強を始めました。約9年前のことです。まさか自分が医師の道を志すなんて、思ってもみませんでした。
幼いころは絵を描くのが好きで、頭のどこかで「将来は美術の道に進めたらいいな」と思っていました。高校を卒業し、香川から上京して理系の大学に進んだのですが、自分がやりたいのはもっと別のことだと気づいて退学。改めて美術系の大学を受験し、空間デザインの学科で学び始めました。
授業やアルバイト、部活で忙しく、課題の締め切り前は2、3日徹夜することもありました。体調がすぐれなくても、「疲れがたまったかな」と気にしませんでした。
24歳で大学2年生だったある日、肩こりがひどく、大学病院の整形外科を受診しました。念のために血液検査を受けるように言われて採血をしてもらうと、翌日、病院から「すぐに血液内科を受診するように」と連絡が入り、先生から「悪性リンパ腫という病気だと思う」と告げられました。
実は当時、それほどショックは受けませんでした。病名を聞いたことがなく、ピンと来なかったんです。先生に抗がん剤治療の副作用について説明され、「大変だと思うけど、一緒にがんばりましょうね」と言われても「あ、はい」という感じで(笑)。
治療を始めると、想像以上に大変でした。体はだるくなり、髪の毛も抜けて......。でもそれ以上につらかったのがメンタル面です。その年に計画していたことを何一つ進められず、友人たちの近況を知ると、自分だけ置いていかれた感覚でした。1カ月後に父の勤務先である香川の小児病院に移って治療を続けたものの、この生活がいつまで続くのかと孤独感がつのりました。
8カ月の治療を終えて寛解し、翌年の4月に復学したのですが、約1年後に再発。ショックでした。初発のときはわけもわからず治療を受けましたが、今度は治療の内容もわかっているので「あの苦しみをまた味わうのか」と落ちこみました。
ただ、体への負担は大きかったものの、精神的にはしっかりしていました。病棟でがんと闘う同世代の2人の女性に出会えたからです。たわいない話ができ、苦しさやつらさを共有できることに救われました。
勉強しなかったら一生後悔する
都内の病院での治療を終え、再び寛解と診断されたため復学。卒業後はデザインの仕事に就いたのですが、自分の病気について改めて知りたくなり、講演会などに足を運ぶようになりました。そこで、「AYA(アヤ)世代」を知ったのです。
「AYA世代」とは、15~39歳の世代を指す言葉で、この世代でがんになると、進学や就労、妊娠、友人関係など多くの悩みを抱えることになります。それらの悩みに直面したからこそ、課題を解決するために自分にも何かできるかもしれないと思いました。
また、空間デザインを学んでいた身として、長く入院していたときから「病室は人が『住む場所』としてデザインされていない。もっと患者に寄り添った空間にする必要があるのでは」と考えていました。医療者になれば、この空間を変え、芸術と医療をつなげられるのではと思ったのです。
この2つの思いから、医師を目指すと決めました。予備校に通い始めると、知識の吸収力の低下を実感し「こんなにも覚えられないのか」と愕然としましたが、ここでくじけてあきらめたら一生後悔する、とにかく1年はがんばろうと勉強を続けました。
昼間は授業に出て、帰りにカフェで復習や予習をし、わからないところは、授業動画をいつでも見られる「スタディサプリ」を活用しました。予備校の授業や教科書だけでは理解できなかった内容も、くり返し視聴して習得しました。そうして大学入試センター試験を受け、その得点で受験できる国公立大学を探し、無事に32歳で旭川医科大学医学部に入学しました。
大学での勉強は予備校以上に大変でしたが、解剖で人体の仕組みを学ぶなど、知らなかったことにたくさん出合えました。自分に近い病気はより興味を持って勉強しましたし、絶対に留年しないようにテスト前は猛勉強してなんとかついていきました。
そのかたわら、旭川でAYA世代の患者会「アヤシップ」を立ち上げました。交流会の様子をSNSで伝えたり、実際に会って相談を受けたり。私自身、たがいに弱音を吐ける相手がいたからつらい闘病を乗り越えられたので、ひとりで悩む人の力になりたいという思いで活動を続けています。
現在は、北海道大学病院で初期研修を終えて、専門が小児科に決まり、専門医の資格を取るために約3年の後期研修が始まるところです。AYA世代や子供の患者さんと向き合いたくて、この道に決めました。
勉強は医師国家試験に受かったらなんとかなると思っていましたが、医学は日進月歩で、がんについてもどんどん新しい治療法や薬が見つかります。同じ病気でも副作用の少ない薬を処方するようになるなど、私が治療を受けていたときよりもはるかに進歩しています。
それらを取りこぼさないよう、治療法が確立されていない病気は論文を読んだりして、常に情報と知識をアップデートする必要があるのです。
学んでも学んでもきりがないというのが正直なところで、志をしっかり持たないと、日々の忙しさに飲みこまれてしまう。だからこそ、自らの闘病体験を念頭に、この仕事は私にしかできないと思いながら、学び続けていきたいです。
【松浦美郷(まつうら・みさと)】
1984年、香川県生まれ。2008年、24歳で悪性リンパ腫と診断される。治療を経て、32歳で旭川医科大学に入学。19年、旭川のAYA世代患者をサポートする「AYAship-アヤシップ」を立ち上げる。22年に大学を卒業し、現在は北海道大学病院に勤務。