われわれは他人に対して自分がどの位置にいるのかを無意識のうちに測定しており、折に触れて自身の優位性を誇示する。その根底には、他人を自分より下位に置きたいという欲望が潜んでおり、この欲望は程度の差はあれ誰の胸中にも潜んでいて、それが強い人ほどマウントを取りたがるという。
世に蔓延するマウントを取りたがる人、ここでは前職に固執する人を実例に挙げながら、その対処法について精神科医の片田珠美先生に解説して頂く。
※本稿は、片田珠美著『マウントを取らずにはいられない人』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
「大学病院では...」強い未練が引き起こす負の連鎖
総合病院の某診療科の部長に就任した四十代の男性医師は、それまで大学病院に勤務していたことが自慢らしく、「大学病院ではこうやっていた」としきりに言い、大学病院の手法を導入しようとした。
しかし、大学病院のように医師や看護師がたくさんいるわけではないので、うまくいかず、「これまでのやり方でうまく回っていたのに、なぜ大学病院のやり方をわざわざ導入しようとするのか」という不満の声があがるようになった。
それだけではない。この部長は大学病院にいた頃、一般にはほとんど知られていない珍しい病気の研究と臨床に携わっていたようで、部下の医師たちにも「これこれの症状があったら、その病気を疑え」と指示し、チェックリストまで作って渡した。
しかし、この病院は、ごく普通の病院であり、専門病院ではないので、部長が研究対象にしていたような病気の患者はめったに来院しなかった。
すると、部長は「ちゃんと患者を診ているのか」と部下を叱責し、「大学病院には面白い患者がいたが、ここは面白くない」と愚痴をこぼし始めた。
一方、部長の外来に回された初診患者から「多くの検査を受けさせられて大変だった。でも、何の異常もなかった。本当に必要な検査だったんですか」という苦情が病院に寄せられるようになった。
おそらく、部長は自分の研究対象である珍しい病気を疑って患者に検査を受けさせたものの、ほとんどの患者に異常が見つからなかったのだろう。
この部長が大学病院の手法、そしてそこで自分が研究していた珍しい病気に固執するのは、やはり大学病院で研究と臨床を続けたかったという思いが強いからだと考えられる。大学病院に残ることができず、関連病院に出ざるを得なかった彼には、未練が残っていたように見える。
実は、部下の医師の一人が大学病院に残っている同期の医師から聞いた話によれば、この部長は教授から「患者がほんの少ししかいない病気ばかり診ていないで、もっと視野を広げてはどうか」と助言されていたが、聞く耳を持たなかったという。
その結果、不本意ながら関連病院に出されることになったのだとすれば、部長の大学病院に対する未練が相当強くても不思議ではない。
自分がかつて所属していた組織に権威やブランド力がある場合、その組織への未練はどうしても強くなりがちだ。
そのため、必然的に前職マウントを取る人が多くなる。よくあるのは、大企業に勤務していた社員が、出世競争に敗れて出向させられた子会社の中小企業で取る前職マウントである。
「大企業ではこうしていた」「大企業ではこんな杜撰なことはしなかった」などと、しきりに親会社の大企業を持ち出し、子会社の中小企業よりも優れている点を列挙する。
先ほど取り上げた部長が大学病院の手法を導入しようとしたのと同様に、大企業のやり方を押しつけようとすることもあるが、規模も人材も違うので、たいていの場合うまくいかない。
元々関連病院にせよ子会社にせよ、片道切符で出されることが多いのだが、本人だけは往復切符と思っているのか、それとも前職への未練が強すぎるのか、大学病院や大企業の話を持ち出さずにはいられない。とくに、現在の職場への不満が強いほど、前職マウントに拍車がかかるように見受けられる。
もっとも、それを聞いた周囲の胸中に反感や敵意をかき立てると、どうしてもモチベーションの低下を招く。それに嫌気が差して、本人の前職マウントがさらにエスカレートするという負の連鎖につながりかねない。
こうして悪循環に陥ると、強い未練の対象である自分が元いた職場に戻ることは到底叶わなくなる。たとえ関連病院や子会社に渋々勤務することになったとしても、そこで実績を積み上げれば、大学病院や大企業に戻れる可能性も必ずしもゼロではなかっただろう。
だが、前職マウントによってその可能性を自らつぶしてしまい、片道切符が決定的になることもありうる。そうなると、まさに自業自得としかいえない。
定年後、移住後もある前職マウント
定年後であっても前職マウントを取る人は一定数いる。私が定期的に面談を行っている金融機関の某支店に、定年後再雇用の60代の男性が二人いた。しかも、同じ部署で机を並べていたのだが、マウント合戦が始まった。
「自分のほうが出世していた」「いや、自分のほうが偉かった」などとマウントを取り合って、互いに譲らず、険悪な雰囲気が部署全体に漂うようになった。
面談の際も、一方が「向こうが自慢ばかりして、マウントを取ってくるので、ストレスが溜まる」と訴えれば、もう一方も「あいつは偉そうにしているが、実はそんなに出世していない。口も利きたくない」と訴える始末。
やがて、二人は毎日顔を合わせていたにもかかわらず、話もせず目も合わせない事態になった。そのため支店長が配慮して一人を別の支店に異動させた。異動先の支店で面談した際、彼は「マウントばかり取ってくるあいつの顔を見なくてよくなったので、せいせいしています」と話した。
定年まで無事に勤め上げ、定年後も雇用を継続してもらえたのだから、それまで自分が就いていた役職のことなど忘れて、目の前の仕事に淡々と取り組めばよさそうなものだが、そうはいかないようだ。
給与が大幅に下がったうえ、与えられる仕事が平社員と同じという現実を受け入れられないので、定年前まで自分がどれだけ偉かったかを誇示するのかもしれない。
同様のことは、田舎に移住した定年退職者の間でもあるらしい。
都会で定年まで勤め上げた人が、余生を田舎で静かに過ごそうと移住したはずなのに、移住者同士の間で前職マウントが始まる。外資系企業でバリバリ働いていたとか、大企業で管理職を務めていたとか、互いにマウントを取り合うので、人間関係に疲れ果てるという。
あげくの果てに、一度は移住したものの、マウント合戦に嫌気が差して、都会に舞い戻った知り合いもいる。
この知り合いは、それなりの財産があったので、田舎の家が売れなくても、都会のマンションを購入することができたが、それだけの財力がなかったら、移住先で前職マウントに疲弊しながら余生を過ごすしかなかっただろう。
対処法...「言わせておけばいい」
前職マウントを取る人はどこにでもいるが、とくに現在の職場で充実感を得られず、承認欲求も満たされていない人に多い印象を受ける。現在の職場で自分の働きが認められ、十分稼げていたら、前の職場を持ち出す必要などないはずだ。
そうではないからこそ、前の職場をしきりに持ち出し、いかにすばらしかったかを強調する。うがった見方をすれば、現在の職場で鬱屈しているがゆえに、前職マウントによって自分を底上げせずにはいられないともいえる。
この辺りの心理を理解したうえで、前職マウントを取る人には「言わせておけばいい」というスタンスで対峙するのが賢明である。
ただし、前の職場の手法を無理矢理導入しようとする相手に対しては、「ここは規模も小さいし人員も少ないので、前にいらっしゃったような立派なところと同じようにやるのは難しいと思います」と伝えるべきだろう。
一人ではなく複数人で、そして前職マウントを取る人がかつて所属していた組織をほめて持ち上げることを忘れずに。
前職マウントに辟易していたら、もう少し覚悟を決めて、「そんなに前の職場がよかったのなら、ずっといらっしゃればよかったのに」と少々意地悪く言ってみてはどうか。
すると、向こうは絶句するはずだ。本人としては、前の職場でずっと働き続けたかったのに、それが叶わず現在の職場に来ざるを得なかったという場合が多いだろうから。
かなり勇気が要るが、それを実際にやった人がいる。例の総合病院の部長の部下の一人だった30代の男性医師は、部長がいつものように前職マウントを始めたとき、「そんなに大学病院がよかったのなら、戻られたらいかがですか」と思わず言ってしまった。
その場では部長は何も言えなかったようだが、しばらくしてから医局で「教授に言いつけて、あいつを飛ばしてやる」と息巻いていたとか。
30代の医師は、そういうことも想定したうえで、以前から開業の準備を進めていた。ほどなくして開業したところ、この医師が総合病院で担当していた患者のほとんどがクリニックに来院してくれて、大盛況らしい。
前職マウントに本気で対抗するには、それなりの力をつけ、十分な準備をしておく必要がある。