自己効力感(セルフエフィカシー)は、スタンフォード大学教授の心理学者アルバート・バンデューラ博士によって提唱された概念です。
自己効力感は、「自分ならできる」「自分ならきっとうまくいく」と自分の能力やスキルに対して、信じられている認知状態のこと。「自信」に近いものですが、ただやみくもに「できる」と思うのではなく、明確な根拠に裏打ちされた自信といえます。
一方で自己肯定感は、「自分という存在」を好意的、肯定的に受け止め、長所だけではなく短所なども含めて自分をありのまま認め、自分を信頼している感覚です。
本記事では、自己効力感を高める方法の一つ「達成体験」について、工藤紀子さんに解説していただきます。
※本記事は、工藤紀子著『レジリエンスが身につく 自己効力感の教科書』(総合法令出版)の一部を再編集したものです
過去の成功や逆境を乗り越えた経験を思い出す
過去を振り返り、自分が達成した経験や成功体験、逆境を乗り越えた経験を思い出してみます。
私たちは意識しないと、ついこれまでにうまくいかなかったことや悔やまれる出来事にとらわれてしまいます。
自信がないと思い込んでいた人も、過去を振り返ると、うまくできたことや一生懸命やってきたこと、大変だったけれど乗り越えられたことが必ずあるはずです。
これまでのあなたが「やったらできたこと」に目を向けてみましょう。すぐに思い浮かばない人は、忘れているか気付いてないだけかもしれません。
まず自分の人生をさかのぼっていき、どのような行動がどのような結果につながったのかを整理していきましょう。
どんな小さなことでもいいので書き出してみます。書き出していく中で、自分では見えていなかった行動と結果の関係に気付くことがあります。
こうした認知の積み重ねが自己効力感を高めていくのです。
過去の行動と結果を思い出す方法
あなたがこれまでに打ち込んできたことや挑戦してきたことは、どんなことがありましたか。その中でうまくいったことや成功したことを書き出してみましょう。思い出した一つひとつに対して、次の問いに答えていきましょう。
①どんな環境の中で、あなたは何に取り組んで、うまくいった(達成できた)のでしょうか?
②そこで、自分なりによくやった(努力した)、満足できたと思えた点はどんなことでしたか?
+(さらに深掘りする質問) どんなところが大変でしたか?
③そこで、あなたが工夫や努力をした点は具体的にどんなことでしたか?
+ 自分の強みやこれまでの経験で、何が役立ちましたか?
+ そこであなたが大切にしたものはなんですか?
④あなたはどんなとき心が折れそうになりましたか?
+ 心が折れそうになったとき、どのようにして乗り越えましたか?
⑤あなたが取り組んだことに対して、周りはどう対応してくれましたか?
+ 周りに起こった変化は何かありましたか?
+ 周りからかけられた言葉で印象に残っているものは何かありますか?
⑥あなたはその経験から何を学びましたか?
⑦あなたがその経験からどんな自信を得られましたか?
ここで思い出すことは、いつの時代のものでもよいのです。
例えば、小学校低学年の頃から10代の学校生活でのこと。クラブ活動、学級対抗のスポーツ大会や合唱コンクールなど、委員会や生徒会活動、勉強への取り組みや受験など。学生時代のアルバイトやインターンシップをしたとき、社会人になってからなど。毎日1つずつでもよいので、宝物探しのように思い出して、書き出してみましょう。思い出せない人は、少し時間をかけても大丈夫です。
ここで3人の例を挙げますので参考にしてください。
運動会でのスーパーアナウンサー
後藤さん(仮名)はまったく思い出せないと、初めは頭をかかえていました。しばらく時間がかかりましたが、小学6年生のときに放送委員として運動会の放送を担当したことを思い出しました。
後藤さんは運動会でアナウンスを担当するのが初めてのことだったので、本番まで緊張していました。事前に渡された「400メートルリレー」の台本に目を通し、声に出して練習をしました。
いよいよ運動会当日、自分の担当の競技が始まりアナウンスをスタートしました。台本にあったのは走っている人の名前を紹介するだけでしたが、後藤さんはふと思いついて「今、走っているのは6年3組の鈴木くん、頑張れ、鈴木くん、前との差がどんどん詰まっています」などと、競技に参加している一人ひとりを応援する言葉も連呼したそうです。
周りからは大きな声援が湧き起こり、会場がどよめいた感覚が分かりました。
競技の後は走った人やクラスの友人、そして先生からも、「後藤さんのアナウンスは最高だったよ」「すごく盛り上がったね」「声が届いて頑張れた」などとたくさん声をかけられました。
このとき、自分の言葉がこんなにも皆の心を動かしたのだと、すごく高揚感があったそうです。これが後藤さんの成功体験でした。
後藤さんは、自分がかける言葉で皆を楽しませて、元気づけられると思う感覚がこのときから自然に持てるようになったことを思い出しました。それ以来、どんな場面でも積極的に自分から声かけができていることに気付いたそうです。
居酒屋での高速対応とチームワーク
上条さん(仮名)は大学生のとき、居酒屋でアルバイトをしていました。
混雑時には、多数のオーダーを迅速かつ正確に処理する必要がありました。
オーダーを取っていると、すぐにまた違うテーブルで呼ばれます。一つのテーブルのお客さまに向き合っているときでも、周りのテーブルに目を配りました。
お客さまからは注文の品がまだ来ない、違ったものが運ばれてきたなどの苦情も言われます。自分の担当したお客さまでなくても丁寧に謝り、正しい料理をすぐに用意するよう厨房に伝えました。
スタッフ同士でも元気よく声をかけ合ってお互いをフォローする。スタッフ間の連携も厨房とのコミュニケーションも非常にスムーズで、活気にあふれていたそうです。
店に入ると息つく暇はありませんでしたが、非常にやりがいを感じていました。
忙しい中であっても店で起こるさまざまなことを高速で処理して、上条さんはそこで自分の力をフルに発揮していた感覚があったそうです。
これが上条さんのアルバイトでの成功体験でした。
店のスタッフ同士のチームワークと連携、高い集中力で高速でオーダー処理をしたこと、問題が起こったときにどう対処したかなど、そして元気な返事とあいさつ。
上条さんは、このアルバイト経験が、社会人になってからの自分を支えてくれていることに気付きました。
あの過酷な状況の中でハンドリングできた自分に対しての誇らしい気持ちと高揚感。それが今、仕事でどんなにハードな状況になっても、「自分はやれる」と思えるモチベーションの源泉になっていると言います。
次に、失敗やうまくいかなかったことを乗り越えた逆境体験もあります。
大学受験の失敗という逆境を力に
清水さん(仮名)には将来、国際関係の仕事に就くために、行きたい大学がありました。しかし、受験に全力を尽くしましたが、滑り止めに受けた大学の1校しか合格できませんでした。
清水さんは合格発表後、ひどく落ち込んで家族にも顔を合わせず、部屋にこもりました。自分の現状をなかなか受け止めることができなかったと言います。
ようやく自分と折り合いをつけて、唯一合格した大学に行くことにしたのです。
在学中に、自分が進みたい方向の輪郭を具体的にしていこうと決めました。
新しい環境で、改めて自分の興味や強みを深掘りしたと言います。
そこで、留学を体験して、進学前には思いもつかなかった方法で海外の人と関わる仕事という新たな道を見つけました。
大学受験の失敗という経験が、清水さんをより成長させ強い人間にしてくれました。さらに、新しいチャンスを見つけ、自らの手で人生を切り拓いていく大きなきっかけになりました。
清水さんは、今回振り返って、志望校に落ちて「もう終わりだ」と思ったけれど、その挫折の経験があったからこそ、自分の進む道について真剣に探究できたのかもしれないと自己分析しました。
さらに、挫折や失敗をしたと思っても、いくらでも道は拓いていける、どんな逆境にあってもその経験を糧に、自分を支えて頑張れると思えたそうです。
効果
過去の成功体験は、将来に向けての「自分はできる」という強い信念になります。
逆境や挫折を乗り越えた経験は、今後困難な状況に遭遇しても「自分なら乗り越えられる」と自分を信じる基盤になります。
このような体験は、新たな取り組みや挑戦への推進力となり、常に前に進む力となるのです。
さらに、過去の成功体験は、未来の目標設定をする際の具体的なモデルになります。
自分に何が可能か、どのようにして新たな目標を達成していくのかを具体的にイメージしやすくなり、より明確な計画を立てるための指標となります。