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世界最高峰のミステリー賞受賞『ババヤガの夜』翻訳の難しさ 【王谷晶×サム・ベット対談】

Moguru編集部

2025年08月31日 公開 2026年08月31日 更新

英国推理作家協会によるダガー賞〈翻訳部門〉を受賞した『ババヤガの夜』。日本人作家として初の偉業を成し遂げた著者、王谷晶さんと翻訳者のサム・ベットさんが、受賞後初めて新宿紀伊国屋ホールでトークイベントを行いました。サムさんの緊急来日に合わせ、受賞の舞台裏や翻訳の工夫について、たっぷり語り合いました。

 

※こちらの記事は一部ネタバレを含んでいます。未読の方はご注意ください※

 

『ババヤガの夜』が翻訳されて

『ババヤガの夜』は、暴力を唯一の趣味とする新道依子が、腕を買われ暴力団会長の一人娘を護衛することになり...という拳の咆哮轟くシスターハードボイルド作品です。2020年に『文藝』に掲載、2022年秋に単行本が刊行され、2023年に文庫本化。さらにUK版、US版に翻訳され、今年のダガー賞〈翻訳部門〉を受賞しました。

王谷さんは、受賞後の取材やメールのやり取りなど、小説執筆以外の仕事が通常の10倍ほどに増え、てんてこまいの状況だと明かしました。そして翻訳版が出たことについて、「私は日本語しか使えないので、ずっと狭い言語体系の中で文章を書いていくんだなと思っていました。でも翻訳されるともっと広いところに作品が届くんだと、当たり前のことですが実感しています」と胸中を語りました。

『ババヤガの夜』は刊行から5年が経っています。翻訳者のサム・ベットさんによる英訳も、去年の7月に出版されています。

「英訳版もいい感じで売れて、ちょっと落ち着いた頃に、またダガー賞を取ってしまったんですよね。火の鳥みたいな感じでまた蘇ったので、驚きがありました」とユーモアを交えながら心境を明かされました。

サムさんは作品の特徴について、「一言で言うと、激しい。かなりハードなんだけど、スムーズな部分もあって、バランスがよく取れている」と語ります。

さらに「翻訳をしているときに英語が聞こえてくるような感覚を得ることは毎回あるわけではないんですが、ババヤガは文章を読んだときに、英語が流れてくるように感じました。すぐにババヤガの文章のトーンと出会い、仲良くなった感じでした」と翻訳時の印象を語りました。

王谷さんは、「何気ない気持ちで書いていたことも、翻訳となると説明が難しいと気づきました。例えば博多人形がある部屋を描いたとき、日本人なら和室、しかも古めの家で、ちょっと成金ぽいな...というところまでイメージできると思いますが、海外の読者にはただ"Hakata doll in the room"と言っても伝わらないだろうな、と。この雰囲気を伝えるために必要なカルチャーのすり合わせも、翻訳の重要な部分だと感じました」と明かしました。

サムさんは翻訳の過程について、「翻訳とは決めていく作業でもあります。例えば"きょうだい"という表現も、翻訳では姉妹二人なのか息子数人なのか、文脈に応じて決めなければなりません。ジェンダー、言語に関する要素も含め、作家の意図を再現する必要があります。ボールペンがあるなら、なぜそこにあるのかを理解して翻訳するような感じです」と補足しました。

 

『ババヤガの夜』はミステリーなのか?

王谷さんは、ジャンルとしてミステリーを意識して書いたわけではないと語ります。

「まったく意識していませんでした。読者の感想や書評を通して、トリックの要素に初めて気づきました。ジャンルで分けると叙述トリックというものになると思うのですが、叙述トリックはトリックなのか?という疑問を、ミステリー小説の読者としてずっと持っていて。密室トリックとか時刻表トリックとかいろいろありますけど、叙述はトリックとは言えないだろう、と(笑)。

私は叙述トリックは"面白い意地悪"だと考えています。作者としては、演出として"面白い意地悪"をしたつもりで書いたので、ミステリー的な印象を持って読まれたことには本当に驚きました」

サムさんは「『文藝』という雑誌に掲載されたときに初めて読みました。その後、河出書房から"英語圏でもいけそうな作品なんですが"と相談されて、売り出しの材料に使うリポートも僕が作成しました。サンプル訳の箇所も僕が選んで訳したんです。

選んだのは、新藤というボディーガードのような存在と、ヤクザのプリンセスのような尚子が、コーヒーを味わう、シスターフッドそのものが表れているワンシーンです。あえてミステリーとして強調しないようにしました。ミステリーというジャンルに限定すると、作品の幅が狭くなることもあるので」

サムさんは、作品のイメージの固定化を避けたいという思いも語ります。

「例えば『コンビニ人間』が英語圏で紹介されたとき、作品のイメージで村田沙耶香さんの固定化されたイメージが広がりました。でも、後から『殺人出産』を読んだら、読者は驚くと思います。このように最初から"ミステリー"として読むと、幅が狭くなってしまうんです」

 

ダガー賞授賞式でのスピーチ

ダガー賞授賞式での王谷さんのスピーチは、大きな反響を呼びました。王谷さんはこう振り返ります。

「本当に、万が一取るかもしれないから用意しておけって言われて、スマホでメモを書いたんです。時間制限があって、しかも翻訳も挟むので、なるべく短くしなきゃいけない。それと......やっぱりスピーチをするならウケなきゃ、滑りたくないという気持ちがまずあって。掴みに、『モンティ・パイソン』とか『フォルティ・タワーズ』という、イギリスではすごく有名なコメディのネタを入れたんです。それでウケたなと思います。

そのうえで、短い中で何を言うかと考えたら、自分がどういう作家なのか。それと、こんな大舞台で話せるのは唯一無二の機会なので、今言っておきたいことを言おう、と決めました」

スピーチでは「曖昧さを受け容れる」ということを語りましたが、その「曖昧」という言葉に、大江健三郎さんのノーベル賞授賞式でのスピーチを意識したのかと聞かれると、こう答えます。

「あとから言われて、『あ、そういえば』って感じでした。同じノーベル賞なら、川端康成さんが受賞されたとき、『翻訳がよかったからだ』みたいなことを話していたので。今思うと、そっちの方がよかったかなと思いますね」

サムさんは「会場には日本語がわかる人はほとんどいなくて、みんな王谷さんのスピーチの間は『何を言ってるんだろう?』と翻訳を待っていたんです。で、最後に僕が通訳したら会場がバババッと湧いた。......まあ、2時間半ぐらいのディナーのあとでしたからね(笑)。多分みんな、かなり飲んでたと思いますよ」と笑顔で述べました。

王谷さんも笑って、「しっかりディナーの時間があって、飲んだり食べたり(笑)」と当時を振り返ります。

サムさんも「みんなはウェイティングルームでかなり飲んでましたからね。そのせいかな?どうかな? 僕らは緊張して何も飲めなかったけど(笑)」と楽しそうに思い出を振り返りました。

 

 

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