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ダーウィンに並ぶ功績? 生物学界に衝撃を与えた日本人遺伝学者の理論

長谷川眞理子(進化生物学者)

2025年08月29日 公開

ダーウィンの「進化理論」は何が画期的だったのか。また現在の生物学の世界では、ダーウィンと並んで、ある日本の遺伝学者の理論が確立しているという。ダーウィンと日本人研究者の功績について、進化生物学の第一人者である長谷川眞理子氏が解説する。

※本稿は、長谷川眞理子著『美しく残酷なヒトの本性』(PHP新書)より内容を一部抜粋・編集したものです。

 

ダーウィンの進化理論とは何だったか

進化がどうやって起こるのかについて、最初に理論と言えるものを提出したのは、フランスのジャン=バチスト・ラマルクだろう。彼の進化理論は「用不用説」として知られている。

すなわち、生物のもつ諸性質は、それを使えば使うほど増強され、使わなければ徐々に消えていくとする。そして、そのような変化が世代を経て伝えられるので、生物は進化する、という説だ。

おわかりのとおり、これは獲得形質の遺伝である。彼がこの進化理論を提出したのは1809年のことだった。もちろん、遺伝子も何もわかっていない時代の推論である。

彼は、生物学がまだ現在の知識の半分も明らかにしていない時代の、いわゆる自然哲学者であった。彼は、生物には自分自身を変えていく力が備わっていると信じていたし、時代があとになって出てきた生物ほど完成度が高く、やがて完璧な生物へとつねに前進していくと考えていた。生物と無生物は本質的に違うもので、生物には生物に固有の性質や傾向が備わっていると考えていたようだ。

一方、英国のチャールズ・ダーウィンは、自然淘汰(と性淘汰)の理論を提出したことで有名である(「淘汰」と言うか「選択」と言うか、現在の日本語では両方混在しているようだ。私は、これまでの慣習で「淘汰」という言葉を使う)。

自然淘汰の理論とは、次のような4つの観察事実をもとに、論理的に推論したものだ。
 ①生物には、同種であっても個体ごとにさまざまな変異がある
 ②それらの変異のなかには、その個体の生存と繁殖に影響を与えるものがある
 ③それらの変異のなかには、親から子へと伝えられるものがある
 ④生物は、生き残る数よりもずっと多くの子を生産する

したがって、個体間には強い競争が存在することになる。これらの観察事実が全部そろえば、生存と繁殖に適した変異をもつ個体の子孫の数が、そうではない個体の子孫の数よりも上回るようになるので、やがて、その環境に適した変異が集団中に広がっていくだろう、というものだ。

①から④はすべて観察や実験によって実証できるものであり、事実、それは何度も確かめられてきた。あとは、それらの事実から導き出せる論理的推論である。ダーウィンがこのことを発表したのは1859年であった。彼も、まだ遺伝の知識など何もなかった時代に、この理論を考えたのである。

 

ある生物の分岐を計算する方法

もう一方の性淘汰というのは、先の議論のなかの「繁殖」に重点を置いた議論である。シカの角やイノシシの牙、クジャクの美しい羽などは、生存には寄与しない。それらは、配偶相手の獲得という、繁殖をめぐる競争でのみ重要な形質だ。理論の構造は、自然淘汰の理論と同じだが、この理論は、オスだけがもっていてメスにはない形質の進化について説明している。

ダーウィンは、自然淘汰の理論を発表したあと、同種であるにもかかわらず、一方の性の個体だけに発達している形質について、自然淘汰だけでは説明できないと悩んだ。

そして性淘汰の理論を提出したのだが、それは1871年のことだった。

ダーウィンは、「生物には○○の傾向が備わっている」というような思弁的議論はまったくしていない。①から④はすべて観察可能な事実であり、彼は、自分自身の観察も含め、当時集められる限りの観察事実を積み上げた。

20世紀になって以降、それらの観察はさらに数多く積み上げられてきている。そして、最後の推論の部分は、論理的に導かれる結論であり、それがどのような効果をもたらすかは、数理的に解析されて今日に至る。

その後、日本の遺伝学者の木村資生は、②の生存と繁殖に影響を与える変異、というところを、別に何の影響ももたらさないような変異だったらどうなるか、ということを考えた。つまり、生存と繁殖に関して中立な変異の運命である。

そして、そんな中立の変異であっても、集団に残り続けることはあり、とくに集団のサイズが小さければ、偶然によって、集団の全員がそんな変異をもつようになることもあることを示した。これが中立説である。木村がこの理論を提出したのは、1968年だった。

現在の生物学では、ラマルクの理論は捨てられたが、ダーウィンの理論と木村の理論は確立している。木村の中立説は、ダーウィンの信奉者が多い欧米ではずいぶん反論も多かったが、現在では正しいと受け入れられている。そして、まさにこれらの中立の変異の数をもとに、ある生物と他の生物との進化的分岐の時間を計算しているのだ。

淘汰が働くと、ある遺伝的変異は、それが正の効果であれば集団中に急速に広まり、負の効果であれば急速に消えてしまう。一方、中立な変異に対しては、正の効果も負の効果も働かないので、それが次世代で増えるか、減るか、同じかは、たんなる確率で決まる。そのような中立な変異が集団中に蓄積されていく量は、おおまかに言って年当たり一定と見なすことができる。

そこで、2つの生物集団の遺伝子の中の中立な部分の違いを測定すれば、その2つが別の道を歩み出してからどれほどの年月が経っているのかを計算することができる。こうやって、ヒトとチンパンジーの系統が分岐したのはおよそ600万年前などという数値が出てくるのだ。

中立説にはさまざまな仮定が含まれているが、それらを数式化して、集団の運命を予測している。それらの数式からは、ある遺伝子に関してどれほどの強さの淘汰が働いてきたかも計算できる。遺伝子の解析が進み、多くの動物の全ゲノムが解読されている現在、進化に関する事実は多数蓄積され、進化理論はさらに精緻な数理的理論へと進んでいる。

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