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Moguru(本の話)

あらすじで「既にしんどい」と大バズリの恋愛小説 『炭酸水と犬』作者に聞いてみた

Moguru編集部

2026年09月01日 公開

「もうひとり、彼女ができたんだ」。付き合って9年、同棲して4年。結婚間近だと思っていた恋人から、ある日そんな言葉を告げられたら――。

砂村かいりさんの恋愛小説『炭酸水と犬』が今、SNS上で注目を集めています。きっかけとなったのは、(@_zzz88_)さんが本作のあらすじに「既にしんどい」と添えた一つの投稿でした。引用ポストでは「そんな男とは別れろ!!」といった声も相次ぎ、反響が広がっています。

たしかに、設定を知っただけでも心がざわつく本作。では、砂村さんはなぜ、こんなにも"しんどい"恋愛を描いたのでしょうか。お話をうかがいました。

 

「既にしんどい」反響への思い

――SNS上で「既にしんどい」といった反応が寄せられています。こうした反響をどのように受け止めていますか?

【砂村】フィクションだとわかっていても、しんどくなってしまう物語ってありますよね。たとえ仮想現実であっても誰かにつらく理不尽な思いをしてほしくないと感じるのは自然なことだと、自分は思います。対象が自分の属性に近いほど、その傾向は強くなるかもしれません。

SNSで大きく話題にしていただくことはカクヨムでの連載時から時折あって、まだまだ光のあたる機会が少ない身としてはありがたいかぎりです。今年3月にはInstagramで本書を紹介してくださった動画が40万回以上再生され、そのときもAmazon在庫が一時枯渇するなど大きな動きがありました。今回は文庫版の裏表紙のあらすじ部分を写した画像がきっかけとなったようで、それだけ本書のあらすじが未読の方への訴求力が高いものであるという証左かもしれないですね。

ネタバレなしで端的に作品を紹介してくださり、そこに火がつくというのは本当にありがたい流れですし、既読の方がさらに熱意をこめて広げてくださったりもしていて、多方面に感謝しております。つらく苦しいだけの物語であればこんなに何度も話題になってはいないはずなので、どうかそこを信じてぜひ、物語の扉を開いてほしいです。

 

きっかけは「もうひとり、彼女ができた」と告げられた夢

――これほど辛い恋愛小説を書こうと思われたきっかけはあったのでしょうか。執筆の経緯を教えてください。

【砂村】きっかけは、あるときに見た夢でした。独身同士で付き合っている設定の夫が夢に出てきて、「もうひとり、彼女ができたんだ」とさらりと告げます。それに対する自分の反応が、泣くでも問い詰めるでもキレ散らかすでもなく「ふーん、そっか」となぜかあっさり受け止めていて。その後、彼は土砂降りの雨の中を傘もささずにその女性のもとへ走ってゆき、自分はひとり静かに泣く、というあたりで夢は終わりました。

なかなか印象的で忘れられない夢だったので、それからしばらくしてweb小説を書いてみようと思いたった際に思いだし、物語として息を吹きこんでみることにしました。雨のシーンで終わらせていれば「胸糞悪い失恋小説」で片づけられていたかもしれませんが、その先を描いてどんどん展開させていったことで、物語がいきいきと脈動したのだと思います。

 

「単なるクズ男」と一蹴できない複雑さ

――SNSでは主人公に対して「そんな男とは別れろ!!!」という声も見られました。砂村さんご自身はどう思われますか?

【砂村】恋愛に正解はありませんが、「自分を粗雑に扱う人からは距離をおく」というのは人間関係の鉄則なので、それらの反応は正しいと思います。それにしても和佐への呪詛や殺意が凄まじく、いくばくかの申し訳なさとともに楽しく拝見していました。もし実際に我が身に起こったことであれば、自分も八つ裂きにする方向で検討してしまうかもしれません(笑)。

ただ小説って、作者が「自分ならこうするよ」と示すものではなく、あくまで「この人物の場合はこうしました」を描いてゆくものなので、人間が一枚岩ではないことや物事の多面性を感じとっていただければと思います。ただの浮気ともポリアモリーとも異なる独特の苦しみをパートナーに与える関係性、それをいったん受けとめたうえでどのように動いてゆくか、ぜひお読みになって確かめていただきたいです。

なお、「自分が彼氏に言われたことだ」「同じ体験をしたことがある」といったご経験をつぶやかれる方々も時折いらっしゃり、呪詛や殺意より恐ろしいです......。けっしてありえない話ではないんだな、とあらためて実感しています。

――本作は、どのような読者に特に刺さる物語だと思いますか?

【砂村】やはり、まずは苦しい恋愛をした経験のある方に刺さってしまうかと思います。状況は多少異なっても、パートナーが第三者に心を奪われる経験をしたことのある方であれば、ご自身に投影して読み進めるかたちになるかと。ただ、由麻の最初の反応や背景にあるものがおそらく一般的ではないので、「全然共感できない......」という方ももちろんたくさんいらっしゃると思います。それぞれの感性で楽しんでいただければ幸いです。

また、和佐に近い立場になったことのある方にもぜひ読んでいただきたいですね。元来のまじめさゆえに、馬鹿正直にふたりの女性と向き合おうとする彼は、単なるクズ男と一蹴できるものではないと思います。それがこの物語をややこしくしているんですよね。

「誰かと濃密に付き合った経験がないのに我が事のように読んだ」というご感想も印象に残っています。恋愛経験のない方や恋愛をする予定のない方にも、人間同士が魂をぶつけ合う物語としてお読みいただけたらと思います。

 

炭酸水やミルクティー...キーアイテムは「飲み物」

――初めて読む方に、ぜひ注目してほしいモチーフや描写などがあれば教えてください。

【砂村】もしかすると、飲み物がキーアイテムになっているかもしれません。ペリエやウィルキンソンといった炭酸水に、リプトン500のミルクティー。誰がどんなシーンで飲んでいるかに着目すると、物語をより楽しめるような?

また、原作を連載していた2018年当時はまだぎりぎり「恋人同士での本やCDの貸し借り」が不自然でなかったのかも、と読み返していて思いました。本はまだしもCDの貸し借りをする関係性って、近年かなり希少なものになっていますよね。ちなみに「タカツクミヨ」は言うまでもなく、敬愛する大先輩作家のお名前のアナグラムです。

また、湘南界隈の空気を感じてもらえたら嬉しいです。車で国道134号を走り、相模川に架かる湘南大橋を渡る機会がありましたらぜひ、あのドライブのシーンを思いだしてほしいですね。

描写としては......性描写がやや多めなので、苦手な方は気をつけていただければと思います。今現在は、直接的に性愛を描くことはだいぶ少なくなりました(20歳前後の若者たちが主人公の最新刊『飛距離の長い青春』では、また少し多めになっています)。

また、恋愛のみを描いた作品と思われがちかもしれませんが、他にもいくつかテーマがあり、たとえば派遣社員という足場の弱い女性の生きかたなども問題提起の意味で描いたりしています。自身の体験をもとにしていますが、上司は伊佐野さんのような理知的で信頼できる人ではなく、逆に自分の発注ミスを派遣のせいにしたりする人で......あ、怒りが再燃してきました(笑)。

お読みくださった方はぜひ、印象に残っているモチーフや描写を教えていただけると嬉しいです。そして何度でもページを開き、由麻たちに会いに行ってやってくださいね。

 

著者紹介

砂村かいり(すなむら・かいり)

小説家

2020年に第5回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門〈特別賞〉を『炭酸水と犬』『アパートたまゆら』で二作同時受賞し翌年デビュー。軽やかな筆致と丁寧に書き込まれた人物造形で織りなす人間ドラマが魅力の注目の新鋭。他の著作に『黒蝶貝のピアス』『苺飴には毒がある』『マリアージュ・ブラン』『コーヒーの囚人』『へびつかい座の見えない夜』『飛距離の長い青春』がある。

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