東北大学の川島隆太教授による実験では、20〜30人の被験者に新聞記事を黙読してもらった結果、読書中には脳の広い領域が同時に働くことが確認されました。前頭前野の言語領域に加え、視覚や聴覚の中枢まで反応が見られ、まさに読書は「脳全体を使う運動」だったのです。
こうした効果は子どもだけでなく、大人にとっても有効で、認知症の予防や創造性の向上など幅広い効果が期待できるといいます。では、読書の効果は紙の本でも電子書籍でも同じなのでしょうか。本稿では、その違いについて書籍『本を読むだけで脳は若返る』より解説します。
※本稿は、川島隆太著『本を読むだけで脳は若返る』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
読書は紙の本が良いのか?
紙媒体による読書とデジタル機器による読書の違いを調べるという研究もいろいろとあります。近年は、大人の世界だけでなく、子どもの世界でもデジタルコンテンツを扱うことが推奨されていて、教育現場でも電子教科書や電子教材を導入する流れも強まっていますが、果たしてデジタル機器やデジタルコンテンツを使ったほうが良いのでしょうか。
論文を広く調べていくと、読書については心理学的な実験が多くあり、デジタルコンテンツよりも紙媒体による読書のほうが、語彙習得や文章理解力、知識の量、社会への応用度が向上するという研究結果や指摘がたくさん見つかります。全く同じものを読んでも、紙の本とデジタル機器で読んだときでは語彙の習得や文章の理解、応用力の習得が異なり、紙の本で読んだときのほうが明らかに優れているのです。
これらの論文に書かれていることを簡単にまとめると、デジタルコンテンツを使うと、運が良ければ何の影響も生じないが、運が悪いと悪影響が出るということです。つまり、紙媒体で読んだほうが賢明だと解釈できるでしょう。
目的にもよりますが、読書を通してさまざまな知恵や知識を得て、自分の世界観を豊かにしたいと思っているのであれば、紙媒体を選んだほうが良いと言えそうです。少なくとも心理学的な研究ではこのように結論が出ています。
ただ、どうしてデジタル機器によるデジタルコンテンツでは紙媒体と同じような効果が得られないのでしょうか。これはとても興味深いところです。
特におもしろいと思うのは、脳科学の実験では読書中の脳を調べるために、ディスプレーに活字を表示して被験者に読んでもらいます。例えば、MRI装置の中で新聞の記事を表示して被験者に見せたりするのです。これは、デジタル機器で表示した活字を目で追いかけて読むという行為にほかなりませんが、この場合、脳はしっかりと働きます。
紙の上の文字を読むときと、ディスプレーに表示された文字を読むときの脳活動の差を調べたこともあります。脳の活動をもっとも正確に計ることができるのはMRIなのですが、被験者は狭い筒に入ることになるので、装置の中で紙の本を読むのは無理です。
そこで、もう少し簡便な「NIRS(ニルス)」と呼ばれる近赤外線計測などの方法を用います。MRIに比べると正確ではないのですが、こういった被験者の自由度の高い装置で見る限り、紙の文字とディスプレーで表示された文字による脳活動については大きな差が出ませんでした。
それなのに、心理学の分野を中心に、どうして紙の本とデジタルコンテンツでは大きな差が出たという研究結果が数多くあるのでしょうか。
この疑問に対して、多くの心理学者が指摘するのは、ほとんどのデジタル機器がマルチパーパスな設計になっているということです。私も、この指摘には同意します。つまり、読書専用端末もありますが、デジタルコンテンツの書籍データを読む人の多くはスマートフォンやタブレットなどを利用して読むことになります。この汎用端末は、本を読む以外にもさまざまな機能を有していて、インターネットや電話の回線とつながっています。すると、何かに集中しているときに「割り込み」が生じやすくなるのです。
例えば、スマートフォンで読書をしているときに、LINEなどのインスタントメッセンジャーからの通知がポンと入ったら、皆さんの意識はどのように変化するでしょうか。
おそらく多くの方は、メッセージを見てしまうと思います。意志の強い人でも、気が散ってしまい、「メッセージが来たけどあとで読むか」と思ってしまうと思います。いずれにしても、汎用端末でインターネットなどの外部とつながっていると、気が散りやすくなるのです。
この気の散りやすさがさまざまなマイナスの影響を与えているということは、数多くの心理学者たちが、実験結果をもとに、それこそ世の中にコンピューターが出回り始めた1980年代から指摘してきたところです。彼らの声を聞いていると、現代の方々は汎用端末による心理的な影響の強さを過小評価しているように思えてきます。
紙の読書の優位性
私は、読書と脳の研究をしていることから、作家の方と直接お話をする機会をよくいただきます。浅田次郎先生や阿刀田高先生など、高名な作家の先生とお話しできたこともあります。皆さんが一様に強調するのは、紙の読書の優位性です。
その一つは読み返しのしやすさです。小説を読むのが好きな方は経験があるかもしれませんが、「この登場人物はどんな人だったかな?」と思ったときに、紙の本なら手で覚えている狙ったページに瞬時に戻って読み返すことが容易にできます。一方、デジタル機器のコンテンツの場合、スクロールや検索で探すことになります。これが思ったよりもタフな作業で、「操作しているうちにストーリーがわからなくなってしまう」と指摘する作家の方もいました。
また、余白に書き込みをしながら読むという作家の方もいました。そのページを読んだときに何を感じたか、どう理解したのかを書いておき、読み終わったらもう一度余白と関係する本文を読み返すことが読書の本当の愉しみであり、深い理解につながると話されていました。
この余白の書き込みは、一般の方はあまりしないと思いますが、内容の理解の助けになっていると感じます。活字が打たれた紙そのものの余白にパッと手書きでメモをする。それが、人間の心理に特別な作用を及ぼすのかもしれません。
作家の方からこの話を聞いたとき、私は「そんな読み方もあるのか」と感服するだけでしたが、読書が好きな方は試しに余白に自分の感想をメモすることをやってみてはいかがでしょうか。これまでにない読書体験ができるかもしれません。