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財布のひもをゆるませる心理テクニック 身近にあふれる「行動経済学」

池上彰 (フリージャーナリスト)

2025年11月04日 公開

別のものを買おうと思っていたのに、人だかりにつられてしまった。やらなきゃいけないことがあるのに、目先の誘惑に負けてしまう。人間が無意識にやっている行動は、さまざまな理論で説明されています。これを知っていると知らないとでは、大きな差が...。ビジネスの現場で注目されている「行動経済学」の世界をのぞいてみましょう。

※本稿は、池上彰監修『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。

 

人間は直感で意思決定している

従来の経済学が定めるように、人間が万事合理的に動くホモ・エコノミクスであれば、日常の買い物もなかなか大変な行為です。

たとえば大根1本買うにしても、よそのスーパーよりも安いか、太さや形はちょうどよいか、大きさにムダはないか、鮮度はよいかなど、あれこれと吟味して、ベストなものを選ばなくてはならないからです。
しかし、実際にそこまでこまかく吟味して大根を買う人はあまりいないでしょう。
多くの人は、「今晩あたり、おでんが食べたいな」と思ったら、野菜売り場で手ごろな大根を手にとって、買い物カゴにポンッと入れておしまいのはずです。10秒とかかりません。

このように、私たちが日常的に直感で意思決定をするプロセスを「ヒューリスティック」といいます。これは行動経済学における重要な概念です。
私たちは日常的に、ものごとをざっくりとらえて直感的に判断するヒューリスティックを無意識のうちに使っていることを知っておいてください。

 

なぜ道理に合わない行動をとってしまうのか?

ヒューリスティックとともに行動経済学を理解するうえで重要なものに「プロスペクト理論」があります。
1万円の利益を得たときの喜びよりも、同額の1万円を損したときのダメージのほうが大きいのはなぜか?
ギャンブルで負けがこんでくると、勝算はほとんどないにもかかわらず、なぜか一発逆転の大勝負に出る人が増えるのはどうしてなのか?
医師から「手術の成功率は95%です」と言われると、「失敗率は5%です」と言われるよりも、ほっと胸をなで下ろすのはなぜか?
ーーこうした私たちにありがちな、道理に合わない思いや行動のメカニズムを解明してくれるのが、プロスペクト理論なのです。

もう少し噛み砕いて言えば、プロスペクト理論とは、リスクのある不確実な状況のもとで、私たちがどのように意思決定するかを理論化したものです。
この理論を提唱した心理学者のダニエル・カーネマンは、2002年にノーベル経済学賞を受賞しました。
現在、このプロスペクト理論は、先に紹介したヒューリスティックと同様に、行動経済学の代表的な理論として位置づけられています。

 

夏休みの宿題を先延ばしにしてしまうのは理由がある

人はものごとを計画どおりに進めるのが得意ではありません。1カ月後に仕上げるレポートがあったとして、毎日5枚ずつ書けば提出期限までにちゃんと間に合うと、当初、頭の中で計算します。しかし、その計算どおりにできないのが人間です。
よし、明日からやろう。いや、明日からは本当にやろうと、1日ずつ先延ばしにしているうちにお尻に火がつき、結局、最後の数日でしゃかりきに仕上げる。子どものころ、夏休みの前半に宿題を全部やっつけてしまって、後半は思う存分遊ぼうと考えて、そのとおりにできた人は、かなり少数派のはずです。

なぜ計画どおりに進めることができないのか?「遊びの誘惑に負けてしまうのは、意志が弱いからだ」というのは精神論で、科学的とはいえません。行動経済学では、目の前の楽しみを優先させてしまう行動を「現在バイアス」という言葉で説明しています。
つまり、人は目の前のメリットに弱い。いま、せっせと宿題をすませれば、あとで楽しいことがたくさん待っていると頭でわかっていても、それができない。
これは将来の楽しみよりも、現在の楽しみをより重視するのが人間だからにほかなりません。

 

なぜ他人の行動に影響を受けてしまうのか?

あの商品を買おうと決めてお店に行ったのに、店頭で多くの人が別の商品を買っているのを見て自分もそっちを買ってしまった。
ーーこんな経験はないでしょうか? このように周囲と同じ行動をとってしまうことを「同調効果」や「バンドワゴン効果」といいます。

あるいは、Aという商品が多くの人に人気があるから、みんなと同じはイヤだと、あえてBを選ぶ人もいるでしょう。
このように他人と同じものを避けようとすることを「スノッブ効果」といいます。
同調効果とスノッブ効果は正反対の行動ですが、どちらも他人の行動に影響を受けた結果であることに変わりはありません。つまり、私たちは他人や周囲に影響されながら意思決定や行動をしているのです。これは「社会的選好」と呼ばれます。

平たく言えば、人間は人目を気にする生きものであり、周囲を気にして自分の不利益を受け入れることもよくあります。
従来の経済学では、人間は自分の利だけを求める利己的存在であるとしていました。しかし、実際は他人の利得のために自分を犠牲にする利他的な側面があります。そうした社会的選好は行動経済学の重要なポイントのひとつなのです。

著者紹介

池上彰(いけがみあきら)

ジャーナリスト

1950年生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。1994年からは11年にわたりニュース番組のキャスターとして「週刊こどもニュース」に出演。2005年よりフリーのジャーナリストとして執筆活動を続けながら、テレビ番組などでニュースをわかりやすく解説し、幅広い人気を得ている。また、5つの大学で教鞭をとる。『池上彰の未来予測 After 2040』(主婦の友社)など著書多数。

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