「験かつぎ」は心を落ち着かせる儀式
スポーツ選手には、いつも同じ足からソックスをはいたり、コートに入るとき絶対にラインを踏まなかったり、といった「験かつぎ」をする人がとても多いそうです。
私も、いろいろな験かつぎをしています。
試合と試合の間にある休憩時間には、チョコレートを3粒食べて糖分で疲れを癒します。他にロにするのはスポーツドリンクかお茶だけ。チョコレートもスポーツドリンクもお茶も、それぞれ決まったメーカーの決まった商品です。
大学時代には夏に近江神宮で大学選手権があり、そのときはいつも竹輪を食べていました。大津京駅にあるコンビニで買った竹輪を食べたときの試合が、とても調子よく勝てたので、いつもそのお店で買っていました。
クイーン戦のときには毎年同じホテルに泊まり、朝食も毎年同じメニューです。
大分の実家からクイーン戦の会場に行くときは、毎年、同じ時刻の電車に乗っていました。大学1年のときは京都に下宿していたので、「どうしよう、いつもと電車が違う」と、かなり不安になりました。
大津京駅から近江神宮の試合会場に行く途中には踏切があり、子どもの頃、そこで遮断機に引っかかったとき試合に負けたのですが、クイーン戦では引っかかっていません。だから毎年、踏切が近づくと、「お願い、引っかからないで」と祈っています。
クイーン戦で使うタオルは8年間変えていません。中学校1年生のとき、太宰晰小倉百人一首かるた競技大会のA級部門で初優勝した際、父に買ってもらったキティちゃんのハンドタオルです。
8年も使っているので色あせていますが、試合中はこのタオルをそばに置き、汗を拭いたりしています。置くときは、タオルを四つ折りにして、キティちゃんの顔が自分のほうを向くようにし、調子が悪くなったときはこちら側の面で汗を拭く、ということまで決めています。
どの選手も、人には言いませんが、何かしら験かつぎをされていると思います。
験かつぎとは、それによって気持ちを落ち着かせ、自分のペースに入って集中力を高めるための「儀式」のようなものだといえるでしょう。
夢の実現に向かって
幼い頃から百人一首に親しんできた私ですが、「好きな言葉は?」と訊かれて答えるのは現代詩。坂村真民さんの「つみかさね」という詩です。
つみかさね
一球一球のつみかさね
一打一打のつみかさね
一歩一歩のつみかさね
一坐一坐のつみかさね
一作一作のつみかさね
一念一念のつみかさね
つみかさねの上に
咲く花
つみかさねの果てに
熟する実
それは美しく尊く
この詩を初めて知ったとき、自分の歩みと重なって、強く心を打たれました。
かるたを習い始めた頃の私は、練習を「面倒くさいな」と思うこともありました。でも、1つ1つの練習の「つみかさね」があったからこそ、クイーン戦8連覇という「真の光を放つ花と実」を手にすることができたのだと思っています。
今の私は、クイーン戦9連覇という夢に向けて「つみかさね」をしています<(註)楠木さんは2013年1月の大会でクイーン戦9連覇を達成されました>。
もう1つの夢は、小学校の先生になって、子ども達に競技かるたの面白さ、百人一首の奥深さを伝えることです。
クイーンになってから、各地の小学校で子ども達にかるたを教える機会をいただき、かるたをしているときの子ども達のキラキラした顔が忘れられなくなり、教職の道に進むことを決意しました。かるたをやっていなければ、今ごろは就職活動で悩んでいたでしょう。
かるたに巡り合えたことで、私の人生はいろいろな意味で大きく変わりました。そのなかで経験した「つみかさね」の大切さ、好きなことに熱中する楽しさを子ども達に伝え、人生を変えるような出会いのきっかけをたくさん与えてあげたい、と思っています。
教師になったら子ども達が第一優先なので、しばらくは、かるたから離れることになるかもしれませんが、いつかまた、1からクイーン戦をめざして挑戦する姿を子ども達に見せるのも良い教育になるのでは、と考えています。そのためにも、今は子ども達のお手本となる「負けないクイーン」でいられるよう、練習に励んでいます。
楠木早紀(くすのき・さき)
競技かるた 永世クイーン
1989年大分県生まれ。現在、福岡教育大学教職大学院在学中。2005年第49期クイーン位決定戦に中学3年生で出場、史上最年少の15歳でクイーンとなる。その後、連覇を続け立命館大学産業社会学部に進学。1回生として在学中の2009年第53期クイーン位決定戦で勝利し、5連覇を達成するとともに、史上最年少で3人目の永世クイーンとなる。