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社会

日本人が直面する水不足の危機 「下水を飲み水に再利用」を受け入れられるか?

瀧口友里奈(経済キャスター)

2026年01月23日 公開

世界には、慢性的な水不足に直面している地域が数多く存在する。一方で日本では、水資源への危機意識が十分に共有されているとは言い難い。降水量が多く、水に恵まれた国というイメージから、水不足は遠い問題だと捉えられがちだ。しかし実際には、日本人一人当たりが利用可能な水資源量は世界平均を下回ると指摘されている。本稿では、経済キャスターの瀧口友里奈氏による書籍『東大教授の超未来予測』より、日本の水資源をめぐる現状と課題について解説する。

※本稿は、瀧口友里奈著『東大教授の超未来予測』(日経BP)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

【本稿に登場する東大教授たち】

●五十嵐圭日子(いがらし・きよひこ)

東京大学大学院農学生命科学研究科 教授。
[研究分野]バイオマス生物工学、木質科学

●小熊久美子(おぐま・くみこ)

東京大学大学院工学系研究科 教授。
[研究分野]環境工学、水処理学、水供給システム

●江崎浩(えさき・ひろし)

東京大学大学院情報理工学系研究科 教授。
[研究分野]情報通信工学

●加藤真平(かとう・しんぺい)

東京大学大学院工学系研究科特任准教授/ティアフォー代表取締役CEO。
[研究分野]ソフトウエア、情報ネットワーク、計算機システム

 

日本人が利用できる水資源量は世界平均以下

【小熊】「湯水のように使う」という表現がありますが、あまり気にせず何でもかんでも使うことの例えになるくらい、日本は水資源が豊かだと思っていらっしゃる方が多いと思います。でも実はそんなことはないんです。

降水量はそこそこ多いほうですが、1人当たりで利用できる水資源量を計算すると、世界の平均よりずっと下のほうにいるのが実態です。

【瀧口】そうなんですか。

【小熊】気候変動で雨の降り方がすごくおかしくなっているのは皆さん感じていらっしゃると思います。日本は国土が小さいので、キャッチメントエリア(雨をためておける面積)がすごく少ないのです。だから一気に降って海に流れ出てしまうと、もう捕まえようがないんです。

これから気候変動で今以上に水資源が足りない状況に陥ることはほぼ確実だと思っています。

そういう中で1つの水資源、かつ身近にあるのが下水だと言われています。技術的には下水を一生懸命処理すると飲める水がつくれます。世界には、実際にそうやって下水から飲み水まで再生して利用している国や地域があるんですよね。

日本で今ただちにそうなるかというと、社会的な合意がとれないと難しいのですが。50年先には、そこまで視野に入れなくてはいけない時代が訪れるかもしれません。

 

飲み水に下水を再利用する未来を受け入れられるか

【瀧口】下水を再利用しているのは、どういったところですか。

【小熊】たとえば、アメリカではカリフォルニア州、フロリダ州、アリゾナ州など、要は水資源が足りないところです。シンガポールも下水を高度に処理して、一旦貯水池に戻して、そこからもう一度水をとって、浄水場で処理して水道水にする。大きく見ると循環して利用しています。

下水を水源とみなす動きのほかに、ユニークなアイデアとして、霧や空気中の水分を凝縮して回収する技術開発もあります。

とにかく水が足りなくて、背に腹は代えられない事情があるところは、そういう方向に切り替えています。

【瀧口】日本が実は水資源があまり豊富ではないのは、ちょっと意外な気がします。

【加藤】それも意外ですし、その水を再利用することにまだ何か問題があるのか。もしくは問題は全然なくて社会的な受容性だけが障害なのか。

【小熊】後者かもしれないですね。水質という観点では飲んで特に何も問題ないレベルにまで処理しようと思えばできます。その先は人がどれだけ「それで良し」と考えるかどうかです。

【加藤】そこに行くまでのコストやプロセスはどういう感じですか。

【小熊】そのことは考えないといけません。河川水や地下水を処理して飲み水をつくる場合に比べてずっと高度な処理を必要としますので、コストもエネルギーもかかります。CO2をどれだけ出すかという観点で考えたときに「わざわざ下水からつくらなくても、今は何とか頑張って淡水資源から水をつくろう」というのが多くの国のやり方です。

【加藤】それで結果としてCO2が生まれるんですか。

【小熊】そうですね。それなりに集中的な処理をしないといけないので、エネルギー消費量が増えて結果的にC
O2排出量は多くなります。ほかの産業と同様、水処理業界でもいかにCO2排出量を下げていくかが1つのイシュー(論点)になっています。その一方で水資源は減るけれど、どうしようかと。

たとえば、再利用でも飲まない用途はいっぱいあるじゃないですか。水の再利用のほとんどはお風呂や洗濯やトイレなどに使っていて実は飲んでないんです。だから、そういうものに再生水を回して、飲む水だけはとっても貴重な淡水資源から持ってくる。

心理的な抵抗を考えると、そこが現実的な落としどころではないかなと思うんです。

【江崎】今でも飲み水は石油よりもはるかに高くて、ボトルの水を考えると4倍ぐらいします。汚れた水をきれいにするときに、化学で行くのか、バイオで行くのか。絶対に小熊先生と五十嵐先生は一緒に仕事をすると思いますよ(笑)。

【小熊】そうですよね。実際に浄水場や下水処理場でやっている処理は、すごく微生物が頑張っているんですよ。もうそこは人間のエンジニアリングよりもバイオの力をいかに高めてあげるかの世界です。

【五十嵐】菌をいっぱいためた処理槽に下水を入れてあげると、どんどん有機物を処理するんです。

 

見習うべきは江戸時代!

【江崎】都市設計で昔習った面白い話があるんですよ。江戸がどうしてうまくいったか、つまり、大勢の人の暮らしを支えられていたかというと、運河をつくったからです。多摩川水系と利根川水系の2つがあって、ここから運河で東京都内に全部水を引いたんですよね。これは上水です。別途、下水もつくって、下水は農地に持っていってそれで回していたんです。

【小熊】江戸時代のエコシステムはびっくりするほど素晴らしくて。しかも、その時期の世界の大都市に比べてトップレベルでした。循環社会ができていて、本当に何も無駄にしてないんですよね。

下水は排せつ物を含めてちゃんと再利用されていました。「肥だめの経済」がちゃんと回って貨幣価値を持っているので、みんな排せつ物を大事にしてそれで対価を得ていた。

その頃、たとえばロンドンを見ると、汚物は全部道路に捨てていて、そんな中でコレラの大流行が散発していました。そんな時代に、日本では排せつ物が価値のある有価物として、社会の中で循環していたのはすごいことだと思います。

【江崎】当時から上下水道をちゃんとつくって、お釣りとして運河は防衛施設であり、物流機能でもあるんですね。水の上は一番運搬コストが安いんですよ。加藤先生には申し訳ないけれど、車って本当に下品(笑)。

【加藤】断っておきますけど、僕は車の専門家じゃないので(笑)。

【江崎】それから、運河にかかっている橋を落とすと敵が攻めてこられないので、戦争のロジスティクス(※1)が全部運河に集約されていたんです。都市設計ではそうした機能を気にしますが、下水道は面倒くさいので、最後に来ます。

【小熊】そうだと思います。以前、インフラが途上国に入っていく順番の話を伺ったことがあります。まず電気が来て、次に通信が電気と同じぐらい早い段階に来て、いろいろそろった最後の最後に、やっと水が来る。

【瀧口】最後なんですか。

【小熊】その中でも飲み水がないとみんな困るので、まずは上水道が入って、最後の最後に下水道を考え始める。本当に最後に来るインフラなんですよね。

【江崎】下水道は一旦できてしまうと、人間が一番逃げにくいインフラなんです。

【瀧口】逃げにくいとは、どういうことですか?

【江崎】一番処理するのが大変なので、下水道インフラがあるところに家を建てたくなるんですね。

【瀧口】それで土地の価値が高くなるということですね。

【江崎】アメリカで実際に起こっていて、下水道が整備されている土地の価値は高いんです。

【瀧口】下水の処理の難しさは、どういうところから来るんですか。

【小熊】難しいのは、どうしても完全に取り切れないものをどう扱うか。あとは、かつてなかった新しい化学合成物質がどんどん増えています。どんな物質がどんな処理でどのくらい除去できるのか、そもそもその物質はどんなリスクがどのくらいあるのかなど、よく分からないことが増えていると思います。そのような新規化学物質は研究ターゲットとしてすごく大事です。

【江崎】もう1個すごく面白いし重要なことは、今、北海道の千歳にラピダスが誘致されたじゃないですか(2025年4月には試作ラインが稼働した)。半導体産業はとても純度の高い水が必要です。

あれだけ小さいものをきれいに洗浄しなくてはいけないので、ものすごいハイクオリティーで相当な量の水がないとダメなんです。

だから、とてもきれいな水をつくれる、かつ、大量の水を確保できないと、最先端の半導体工場はつくれないんですよね。

【五十嵐】私が少し気になったのは自分たちが排出した水と、それが川とか海に流れて行って蒸発して冷やされて雨が降ってそれを集めて飲む水は、同じものではないかということです。

【小熊】まったくその通りで、少し考えればもともと水とはそういうものだと分かるんですが。

【五十嵐】そう考えにくいのは、距離の問題でしょうか。つまり地球規模の循環ではなく、近くで排出したものを再利用して回していくので別物に見えてしまう。

【小熊】下水再生水を使っている国の例として先ほど挙げたシンガポールでは、高度に処理した下水再生水を一度貯水池に放流して、浄水場はそこからわざわざ取水して、あらためて浄水処理をします。それは技術的には必要ないはずなんですね。

水質だけを考えたら、高度に処理した下水再生水をパイプtoパイプで直接蛇口につなげばいいんですが、それはしないんです。貯水池は、人々が「それでいいよね」と思うためのバッファーです。

利用者が「それでいい」と思えるかどうかはとても重要です。下水を循環して利用するとき、たとえばお家一戸ごとに処理機能をつけて、その家族の下水だけをその家族で飲むんだったら、たぶん社会的受容性は高いのではないかと思います。それをインフラとして大規模にやろうとすると、誰の下水か分からないので抵抗感がある。

【加藤】著作権ではないけれど、誰のオーナーシップかが問われるんですね。

【五十嵐】コンセンサスをつくることが重要な気がしますね。

 

(※1)ロジスティクス:物の調達、生産、保管、出荷、配送まで効率よく流す仕組み。

 

著者紹介

瀧口友里奈(たきぐち・ゆりな)

経済キャスター/ビジネスジャーナリスト「アカデミアクロス」プロデューサー

現在、経済番組のキャスター、「サタデーLIVE ニュースジグザグ」(日本テレビ系列)全国生放送のコメンテーターのほか、東京大学工学部アドバイザリーボードメンバー、SBI 新生銀行社外取締役などを務める。東京大学大学院修了。東京大学在学中にセント・フォースに所属して以来10 年以上にわたり、経済分野、特にイノベーション、スタートアップ、テクノロジー領域で経営者やトップランナーを取材。"情報の力で社会のイノベーションを加速する"ことを目指し、株式会社グローブエイトを設立。アカデミアYouTube メディア「アカデミアクロス」を立ち上げ〈映像×出版×イベント〉を通してアカデミアと社会をつなげている。日米欧・三極委員会日本代表。世界経済フォーラム ヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)日本代表に、アナウンサー・キャスターとして史上初めて選出される。

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