世界最高峰の名門ケンブリッジ大学は800年もの間「対話を重視する学び」を実践しています。それは、言葉のやり取りの中にこそ、学びの本質があるからです。
知識を一方的に受け取るだけではなく、能動的なコミュニケーションを通じて学ぶことで、まるで「理想の家庭教師」がそばにいるかのような学びの環境が生まれます。人生の可能性を大きく広げる、ケンブリッジ流・「人の手を借りる学び」を書籍『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』より紐解きます。
※本稿は飯田史也著『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』(日経BP)より一部を抜粋・再構成したものです。
学びはひとりでやらない
読む、聞く、理解する。そして自分の言葉で考え、表現する、こうした一連の営みは、誰かと話すだけでなく、ひとりで日記を書くような「自分との対話」でも実現できます。自分自身を相手にする対話だけでも、学びは深まります。
しかし、学びを飛躍的に深め、広げるために欠かせないのが「他者の存在」です。
自分では予想できなかった視点、自分では気づけなかった問いかけ、自分の思考のあいまいさを突く指摘など、これらは、生身の人との対話の中でこそ生まれます。
どれほど時間と手間がかかっても、やはり「人と人が向き合うこと」は、深い学びへの最短ルートです。
たとえば、ケンブリッジ大学では、少人数の個別指導や、週に何度も開かれるフォーマルディナーなど、学生と教員が集まり深く交流するしくみに多くのリソースが注がれています。
ケンブリッジを支えているのは、一人ひとりの優秀さだけではありません。教員、学生、スタッフがつながり、互いに問いを投げかけ、知識を共有し、時には批判し合い、共に考える。そうした人間関係のネットワークが、学びを深めるチームとして機能しています。
どれほど優秀な人でも、自分ひとりでは限界があります。
自分の専門の外にある知識を持つ人、異なる立場から問いを投げかけてくれる人、自分の考えを正直に批判してくれる人、そのような多様な人が集まることで、ひとりの思考が、個人では到達できない深さまで至ります。
このような理由で、ここでは、「学びのチーム」という考え方を深掘りしていきます。自分の学びを支えてくれる人々を意識的に集め、人とのつながりをどのように育て、どのように活かし、どのように「チーム」にしていくのか。これが、ここからの学びに不可欠な姿勢です。
他人の手を煩わすのは大変、それでも避けて通れない
学びとは、多くの場合、自分自身への投資です。将来の自分がもっと多くのことを知り、できるようになるために、誰もが多少の苦労を覚悟して、時間と労力をかけます。
それが「自分のため」である以上、できれば他人の時間や手間を取らせずにすませたい、と考えるのは、ごく自然なことです。
しかし、簡単なことではないからこそ、ケンブリッジ大学では人と人のつながりを最大限に掘り下げ、意識的に活用するしくみが整えられているとも言えます。深い学びには、他人の存在がどうしても必要だからです。もちろん、どれだけしくみがあっても、こうした人間関係は一朝一夕には築けません。
では、どうすれば「人の手を借りる学び」を自分の中で機能させられるのでしょうか。
学びを支える「チームメンバー」はどこにいるか?
「最高峰の学び」は理想の家庭教師につきっきりで教えてもらうようなものです。しかし、優秀な教師を見つけることは大変ですし、現実には学びたいことすべてに家庭教師をつけることもできません。
では、どうすれば良いのか。答えは、多様な役割を持つ人たちをあなた専用の「学びのチーム」として意識的に集め、つながることです。
学びを支えるのは、ただ知識を授ける先生だけではなく、さまざまな立場からあなたを支える人々です。
ここでは、代表的な5つのタイプをあげてみます。
・教員
専門知識を授け、学問の基盤を築いてくれる存在です。知識だけでなく、あなたの潜在能力を引き出す視点を持つ人が理想です。学校の先生でなくても、自分が必要な専門知識を授けてくれる人たちをたくさん見つけましょう。
・チューター
学業や生活の相談役です。必ずしも専門家でなくても、教育や学びを支える知識を持つ人が望ましいでしょう。学びには、実にさまざまな障害があります。それを自分で抱え込まずに、相談できる相手を見つけましょう。
・先輩・後輩
同じような学びを最近経験した人や、これから同じことを学ぶ人。知識や経験を共有し合える心強い存在です。先輩だけでなく、後輩と関わることで自分の理解が深まることも多いものです。
・家族や生活支援者
健康や安心を支えてくれる人たちです。勉強が手につかなくなるのは、学問の問題ではなく、生活の問題であることも少なくありません。
・仲間・友人
何でも話せる気のおけない存在です。学びを支える心の土台です。
こうして見てみると、普段は「学びには関係ない」と思いがちな人たちも、実は深い学びを支えていることに気づきます。学びは生活と切り離せないからこそ、学びのチームには生活を支える人も含まれます。
「チーム」といっても、すべての人が常に協力し合う必要はありません。普段は存在を強く意識しなくても構いません。大切なのは、何かがうまくいかないときに、助けを求められる信頼関係があることです。メンバーに「私たちは同じ学びのチームである」という意識を持ってもらうようにしましょう。
特に、優秀で真面目な人ほど「助けを求めること」をためらいがちです。しかし、どれほど頭がよくても、どれほど努力家でも、他人の力を借りずに学びを深め続けることはできません。
遠慮せずに他人の手を煩わせることを、学びの一部として受け入れるということは、わがままではなく、学びを支える必然な行為です。本気で学びを深めたいという意気込みがあれば、助けてくれる人を見つける努力をしましょう。そのような人は、必ずどこかで見つかるはずです。
そして、ここで一度、相性の問題を考えてみましょう。人間は誰しも得意不得意、好き嫌いを避けて通ることはできません。それは自分だけでなく、教員やチューターも同じです。
コミュニケーションを中心に据えた学びにおいては、自分ではなく他の学生に肩入れをしてしまうような先生もたくさんいます。それは不公平に感じることもあるかもしれませんが、人間である以上、とても自然なことです。
だからこそ、学ぶ人たちそれぞれが、自分を最高まで高める学びのチームを、相性も考えた上で築き上げる必要があります。