ドキュメンタリー映画「ロッコク・キッチン」感想 福島第一原発付近の町で、“食”がそっと心をほどく
2026年02月12日 公開
ドキュメンタリー映画「ロッコク・キッチン」が、2026年2月14日よりポレポレ東中野ほか全国で順次公開される。福島県の国道6号線(ロッコク)沿いの町を舞台に、食卓を通して人々の暮らしを描いたドキュメンタリーだ。公開に先がけて行われた試写会で一足早く鑑賞させてもらった。本稿では、その感想をお届けする。
キッチンに立ち込める湯気、続く暮らし
ドキュメンタリー映画「ロッコク・キッチン」の試写会が行われる日の朝、某大手コーヒーチェーンの前を通りがかり、「今日はチャイでも飲もうか」と、ふと頭を過った。
スパイスのきいたあの味を思い浮かべながら、渋谷にあるミニシアター・映画美学校試写室へと向かう。
席についてしばらくすると、監督の川内有緒さんと三好大輔さんが姿を現し、簡単な挨拶ののち、上映が始まった。
「ロッコク・キッチン」は、原作の著者でもある川内さんと三好さんが、ロッコク――国道6号線沿いに広がる福島県の被災地を訪ね、食を通してその土地の暮らしを写し取ったドキュメンタリー映画である。
3.11の原発事故をきっかけに、地域の人々は避難を余儀なくされ、放射能に汚染された家屋や建造物の多くが取り壊されてきた。
本作は、三人の人物に焦点を当てた構成となっている。
浪江町に暮らすインド出身のスワスティカ・ハルシュ・ジャジュさんは、海外からの訪問者を対象に観光ガイドをしている人物である。表情豊かな彼女は、さまざまな縁が重なった末に浪江町で暮らすようになり、現在の仕事に携わっているという。「日本食が好き」と語る彼女の言葉や佇まいからは、日本という国、そして浪江町という土地への親しみが、映像を通してまっすぐと伝わってくる。
彼女が日本で暮らす背景や、日々の仕事の様子が映し出されるなかで、こんな言葉が語られる。
「チャイを作る過程は私にとってすごくスペシャルで。好きな音楽やポッドキャストを再生しながら、ゆっくりとチャイを作って、それを飲むと幸せだなと思いますね」
片手鍋でチャイをぐつぐつと煮る、その様子がスクリーンに映る。
朝、何気なく頭に浮かんだチャイの予感が、ここで思いがけず呼び起こされるとは。心の中でそっと膝を打ちながら、楽しそうに鍋をかき混ぜ、香り立つチャイを煮詰めていくその姿に、自然と心を惹きつけられた。
スワスティカ・ハルシュ・ジャジュさんがチャイに寄せる思いの背後には、ひとつの物語がある。彼女自身の言葉で振り返られるその話は愛おしく、紙コップに注がれたチャイが、先ほどより少し特別なものに思えてきた。
映し出されるロッコク沿いの、住民の数が減った町は、どこか物寂しく、静かである。しかし取材の中で「最近、何を食べたか」と問いかけられた人々は、嬉しそうに答えたり、少し照れた様子を見せたりと、表情がふっとやわらぐ。食べ物の話題に触れるとき、人は自然と心を緩めるものなのかもしれない。
それにつられるように、筆者自身も、前日にSNSで話題になっていたレシピをうまく作れたことを思い出し、ほくほくとした気持ちになった。
食べ物をみんなで囲む場面も、同じような空気をまとっている。映画の中では、幾度となく、誰かと一緒に食卓を囲むシーンが描かれる。立ちのぼる湯気はやわらかく、料理を前にした人々の表情は、安心に包まれているように見えた。
それでも、そこに住み続ける人がいる。一方で、帰りたいと願いながらも、それがかなわなくなってしまった人もいる。当事者それぞれの心境は、外から容易に量れるものではない。
3.11という出来事が、少しずつ日常の奥へと押しやられ、語られる機会が減ってきていることも、否定できない事実かもしれない。
映画が進むにつれて、かつて確かにそこにあった人々の営みと、いま続いている営みのどちらも、景色が大きく変わったままであっても、等しく大切にされてほしいと思うようになった。何気ない日々がこの先も続いていくことを、ただ願っていた。
筆者の父は福島県の出身である。子どもの頃はよく車で祖父母の家に連れて行ってもらった。
被災地と呼ばれるエリアからはやや離れた町が故郷だが、あの震災の直後、家族の誰よりも心を痛め、沈んだ様子を見せていた父の姿が記憶に焼き付いている。
「あの頃、どうしていただろうか」。そうして立ち止まり、振り返ること自体が、被災地に思いを向けるひとつのきっかけになるのだと、エンディングで流れる坂口恭平さんの楽曲に耳を傾けながら思う。
試写会が終わり、会場を背にして歩きながら、一緒に参加した編集部のメンバーと「あの料理、おいしそうでしたね」と言葉を交わした。「ロッコク・キッチン」は被災地の現在を映し出すだけでなく、「食」という共通の話題を通して、観る人それぞれの心を、そっとほどいてくれる映画だと思う。
そして同行者と別れたあと、気づけば足はチャイ専門店へと向かっていた。
ドキュメンタリー映画「ロッコク・キッチン」
監督:川内有緒 + 三好大輔
制作:2025年/制作国:日本/上映時間:122分
2026年2月14日(土)ポレポレ東中野、3月6日(金)シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』ほか全国順次公開