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生き方

禅が教える人生の答え ―目標はぼんやりと

枡野俊明(建功寺住職/庭園デザイナー)

2013年03月14日 公開 2023年05月08日 更新

 

「形」から入る

朝起きて朝の坐禅を組む時、朝のおつとめをする時には、きちんとした衣に着替えます。そして、境内の掃除などをする時、私たち僧侶は通常作務衣と呼ばれる服を着ます。

これは僧侶の作業着で、とても動きやすく仕立ててあります。真冬の早朝などは寒さが身にしみますが、それでも作務衣に袖を通した途端に精神がきりっとしてくるものです。ですが作務衣のままでお経をあげるということはありません。

庭や堂内の掃除をするのですから、今の時代、機能面だけを考えれば、本当はどんな格好をしてもいいはずです。いわゆるジャージのような格好でも掃除はできます。もしかしたらそのほうが合理的かもしれない。

それでも私たち僧侶は、絶対にそういう格好で境内や堂内を掃除することはしない。あるいは坐禅を組む時でも、作務衣のままでやったほうが効率的かもしれない。しかし、やはりきっちりとした衣に着替えなければ、私たちは坐禅を組むことができないのです。

それは単なる習慣といわれればそうかもしれませんが、しかしそれだけではないような気がします。坐禅を組んで精神を集中させる。その大切な修行を始めるためには、まずは「形」というものが重要なのです。

人間の精神というものは、実は着るものなどの「形」に大きく左右されるものです。どんな格好をしていても、精神を集中させさえすればいい。そう思うかもしれませんが、なかなかそれが難しい。やはりその場ややることに見合った「形」というものが人間にはあるのだと思います。

たとえばご葬儀の時には、皆さん礼服を着るでしょう。不思議なもので、きちんとした礼服を着た途端に、自らの立ち居振る舞いに神経がいくものです。どたばたと歩くことはなく、静かに歩くようになる。

言葉遣いや所作なども、自然と落ち着いたものになってきます。ご葬儀の場であるということもあるでしょうが、やはり礼服を身につけることで心が整ってくるのです。

坐禅を組む時にジャージを着ていたとしたら、おそらく気持ちは集中しにくいでしょう。静かに坐っているよりも、身体を動かしたくなると思います。もちろんそんな経験はありませんが、私とてジャージ姿でお経を唱えることは想像しただけで難しいと思います。

とても服装が自由な時代になりました。ビジネスパーソンの人たちも、夏場はノーネクタイが当たり前になってきました。もっと進んだ会社などでは、ジーンズ姿で仕事をしているようです。できるだけ身体が楽な服装で仕事をする。それ自体はよいことだと思います。しかし、あまりその傾向が強くなりすぎるのもどうかと私などは感じています。

ジーンズをはいて髪の毛もぼさぼさ。不精髭も伸び放題。それでも仕事さえちゃんとやっていればそれでいいじゃないか。それもひとつの考え方ではありますが、本当にそれができるでしょうか。だらしのない姿をしていて、きちんとした仕事ができるでしょうか。どこかで仕事そのものがだらしなくなるのではないでしょうか。あるいは服装の乱れが、仕事のミスにつながることはないのでしょうか。

朝起きたままの格好で、パジャマ姿で仕事場に行ったとしたら、はたして仕事に集中できるか。おそらくはだらだらとした無為な時間が増えるような気がします。

これは極端な話かもしれませんが、根っこは同じことだと思います。きちっとスーツを身につけて、髭を剃り落して、頭髪を整えてから出社する。そうすることで仕事に対する気構えができてくる。もっというなら、スーツに袖を通した時から、その日の仕事への準備が始まっているのです。

日常生活においてもそれは同じことです。どこにも出かけないからといって、一日中ジャージ姿で過ごす。近所のコンビニに行くだけだからといって、着替えもせずにジャージにサンダルをつっかけて出ていく。そんな生活をしていると、だんだんと精神が緩み、生活もだらしなくなっていくものです。

買い物に行くにも買い物に行くにふさわしい服装があります。家の掃除をする時にも、それにふさわしい服装がある。料理をつくる時には自然とエプロンをつけるように、私たちの行動にはそれにふさわしい「形」というものがあるのです。

まずは「形」を整えることです。そうすることで、これから自分がしようとする行動に気持ちを集中させることができます。どんな小さなことでも、1つひとつの行動に精神を集中させること。その積み重ねこそが大切なことだと禅は教えているのです。

「形」を整えることで物事に集中できるばかりでなく、それによって我欲が小さくなり、執着心も抑えられていくのです。

 

【枡野俊明(ますの・しゅんみょう)】
曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学名誉教授

1953年神奈川県生まれ。大学卒業後、大本山總持寺で修行。「禅の庭」の創作活動により、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。2006年には『ニューズウィーク』日本版にて、「世界が尊敬する日本人100人」に選出される。庭園デザイナーとしての主な作品に、カナダ大使館庭園、セルリアンタワー東急ホテル日本庭園など。

 

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