さびしさ、悲しさ、不安感、無力感――。孤独は多くの負の感情をもたらします。荻上チキさんの著書『孤独をほぐす』は、孤独とはなにかを丁寧に解きほぐしながら、この社会がいかなる孤独を生み出しているのかをエッセイ形式で読み解いた一冊です。
「本当の友達がいない」と感じ、孤独を覚える人は少なくないでしょう。そもそも、本当の友達とは何なのでしょうか。同書より、友人関係について語られた一節を紹介します。
※本稿は、荻上チキ著『孤独をほぐす』(PHP新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「本当の友達」よりも「それなりのつながり」を
自分には「本当の友達」がいない。そう感じたことはありませんか? 私は長い間、そんな気持ちに振り回されてきました。
では、本当の友達とはなんでしょうか。私は若いころは、「二人きりで徹夜でカラオケしても、一秒も気まずくならない人」と設定していました。なかなかにハードルが高いですよね。
他方でそれ以外の友人は、「冠付きの友達」だと区別していました。ゲーム友達、音楽友達、勉強友達、クラスの友達、部活の友達、習い事の友達。こうした「○○友達」は、部分的な一致でつながっているけれど、「本当の友達」ではない。自分には、冠付きの友達はいるけど、本当の友達はいないのだ。
ある程度の年齢ともなれば、さすがにこの考えは偏っていると思うようになりました。特定の人だけに関係を集中させること、理想の関係のみを求めることには、脆弱性もあります。親友との仲違い、恋人との別れ、家族との死別などによって、一挙に孤独感が高まり、そのさびしさに耳を傾けてくれる人が浮かばないという状況を想像してください。一点集中の関係だけを作るのでなく、関係を分散しながらも温めること。精神的健康にも、いざというときの支えとしても、大事な考えです。
あるべき友人のハードルを上げてしまうと、個別の関係の満足度は下がり、幸福度も下がってしまう。「それなりのつながり」を否定的に位置付けてしまうことで、つながりを太くしたり、経験を増やすという機会を逸してしまうことにもなります。
友人関係の上限は150人?
友人関係についての研究の中で、非常に広く知られていてかつユニークなのが、「ダンバー数」という考えです。これは、イギリスの人類学者であるロビン・ダンバーが発見したもので、いろいろな部族や集団を研究した結果、人が築く友人関係の数の上限は150人前後で一致していた、というものです。ダンバーの研究は、訳書『なぜ私たちは友だちをつくるのか』(吉嶺英美訳、青土社、2021)にもまとまっています。
人類が進化・生存する過程では、徒党や集団を組むことが必要でした。しかし人類全員の顔を覚えることは到底できません。安定的に関係を保てる、信頼し合える相手。その数は、文化や時代が違えど大きくは変わらず、150人程度なのであるというのが、ダンバーの指摘です。
ダンバーは「友達」を、頼み事ができ、躊躇なく助けたいと思い、共に過ごす時間を積極的に作りたい相手だと言います。具体的には、クリスマスカードを贈ったり、結婚式に招待したり、「午前3時に香港空港の出発ロビーで偶然出くわしても、ためらうことなく声をかけ、一緒のテーブルで話せる相手」だと。
自分にはそんな友達は150人もいない、と思う人も少なくないでしょう。私もそう思います。しかしダンバーは、いや、一般的にはいるのだと豪語します(本当かよ)。フェイスブックの友達やX(旧ツイッター)の相互フォロー、LINEや電話帳の登録数など、「それなりのつながり」もカウントすれば、それくらいはいくのかもしれません。また、ダンバーの「友達」の定義には、家族や親族も含まれます。良好な関係の家族や親類がいると、友人の総数が減るというデータもあります。
ダンバーは、友人関係にはグラデーションがあるとも言います。150人の「ただの友達」、50人の「良好な友達」、そこからさらに、15人、5人、1.5人という数字を持ち出します。
15人はシンパシー・グループと名付けられ、親しい友達のことを指します。日常的に共に過ごしたり、一緒に出かけたりする層です。5人はサポート・クリークと名付けられ、「泣きたいときに肩を貸してくれる」ような親友たちを指します。
1.5人は、恋人や永遠の大親友です。統計上は、男性には1人、女性には2人、特別な友人がいることが多く、それをならした数字が1.5となります。築ける関係性に上限があるのは、脳のキャパシティーと他人のために使える時間が、いずれも有限であるためだと言います。
友人の数と質
ダンバー数という考えは、人々の思索を刺激してきました。150が上限というわけではないと疑義を唱える研究もありますが、とにかく覚えやすいこともあって、あちこちのビジネス記事で見る数字になりました。
たとえば会社や部署の規模は150までがいいとか、関係性には上限があるので意識的に「断捨離」したほうがいいとか。また、自分にとっての150人を考えるワークなどもあるようです。極端なものや飛躍した解釈もありますが、それだけ幅広い層に刺さったのでしょう。
具体的な数字については、宿命論的に捉えないほうがいいでしょう。ダンバー以外の研究では、人が築く人間関係は150よりも多く、デジタルメディアによってマネジメントの形が変わっているとの指摘もされています。また、アメリカの哲学者、エリザベス・ブレイクは、恋愛相手は仕事や友情よりも優先されるべきという「恋愛伴侶規範」が、友人ネットワークの切断につながると警鐘を鳴らしています。
あくまで友人の数の話を続けましたが、もちろん質の話はまた別です。家族や恋人を含む友人は、疎遠になることも、破綻することもあります。逆に、似たような境遇になったり、偶然再会したり、共通の趣味があることがわかったりして距離が縮まり、関係が濃くなることもあります。
とはいえ、です。進学、交際、婚姻、失業、離婚、引っ越し、新たなサークルへの参加。いろんなタイミングで人とのつながりは変化します。そうした「継ぎ目」に当たる時期には、ふと親密なコミュニケーションが不足する。また、身近に有害な人がいたり、多忙や疲労で余裕がないと、満足に人と関われないという場面にも直面する。
そんなとき、果たして自分にとっての、「頭数に入る友人」はどんな人達なのか。ダンバー数をヒントに、振り返ってみるのもいいかもしれません。