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生き方

無駄を避けていた私がパリで痛感した「目的のない時間」の大切さ

小栗きくこ(暮らしのコンサルタント)

2026年06月03日 公開

旅行先でも何もしない時間を作るなど、ゆったりと過ごす時間を大切にするというフランス人。長年パリで暮らしている小栗きくこさんは「パリに住んでから何かしないと...!という気持ちがなくなった」といいます。

小栗さんが「かけがえのない豊かさを手に入れた」というパリでの暮らし。本稿では、その暮らしの一部や感じたことを紹介していただきます。

※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

旅のプランは、「どうしたい?」「何を食べたい?」と自問して決める


その土地の食材で旅の食卓を彩ります。

フランスでは、1年を通してバカンスが何度もやってきます。学校は6週間通うと2週間の休み。夏は2ヶ月の長い休暇になり、夏休みの宿題もありません。大人も3週間ほど休むことは珍しくなく、小さなお店が1ヶ月閉まることもあります。

こんなふうに、暮らしの中に「休む時間」が組み込まれているのです。そしてフランス人のバカンスは、予定を詰め込まないことから始まります。「今日は何しよう?」ではなく、「今日はどう過ごしたい?」と、そのときの気分に任せるのです。そのゆるさが、旅の豊かさにつながっています。

私がフランスで家族旅行をするときは、よくホテルではなくキッチン付きのアパートメントを借ります。以前、フランスの田舎にあるホームステイ式の宿に泊まったときのこと。その宿は、「退職後に好きな料理で人を迎えたい」という夢を叶えた、フランス人とロシア人夫婦の自宅でした。

到着した日の夕方、「今日はよく煮込んだすね肉があるよ」と、ご主人が嬉しそうに鍋の蓋を開けて見せてくれたのです。前菜、メイン、デザートまで、家庭的でありながら季節の素材を使ったフランスの伝統を感じる料理。「アペロだけ一緒にしよう。ゆっくり食べてね」と言われたものの、会話が盛り上がって、ご夫婦は結局、最後までテーブルに残ってくれました。宿泊者と時間を分かち合うことを当たり前のように大切にする、その場にいる人との時間をゆっくり味わう。そんな「予定を作らない豊かさ」こそ、フランスのバカンスの魅力なのです。

また、フランス人は観光地を巡るよりも「その場所でどう過ごすか」ということを大切にしています。たとえば、ビーチで本を読みながら一日中寝そべって過ごす。家族や友人とゆっくり話す。ハイキングをしたり、サイクリングに行ったり、自然の中でのんびり過ごす人もいます。

以前の私は、旅先でも「いかに効率よく動くか」ということに意識を向けていたのですが、フランスの人たちには、「せっかく来たから、あれもこれも見なきゃ」という焦りがありません。そんな人たちを見ていて、私も「予定を詰め込まないほうが、心に残る旅になる」と気づきました。

私も夫も日本人で、夫婦で約20年前からパリで暮らしています。私たち夫婦の間では、「ただ日々のために作る食事」とは少し違う、その土地ならではの食材を使った料理を楽しむことが、旅での大切な儀式になっています。マルシェで買った旬の野菜や地元のチーズ、パン屋の焼きたてバゲット。時には現地で購入したお惣菜も取り入れながら、「今日は何を食べる?」といった会話で、旅の時間をふだんの自分たちの生活リズムに戻していきます。

夕方のひとときに料理をしながら、フライパンの音やオーブンの熱、窓の外から聞こえてくる街の気配や、地元のパリとはちょっと違う教会の鐘の音に、耳を澄ませて過ごす。そんな「暮らすように過ごす時間」のひとときに、自然と心がほぐれていきます。

旅先で、ずっと外食続きだと、どうしても「あらかじめ決めた予定」の中で食事をしてしまいがちですが、 こんな「ゆるさ」のある旅をすることで、その土地の空気や人との温度感がじんわりと伝わってくるのです。

 

「待つ」ひとときに、思いがけない会話が生まれる


夏のリュクサンブール公園で子供のヨットを眺める、のんびりした時間。

パリでは、スーパーのレジの列が長く、役所の事務手続きも日本より時間がかかるので、日常のあちこちに「待つ時間」があります。けれど、その「ゆっくりさ」は不思議と心を急かしません。

スーパーのレジでは、店員さんとお客さんが雑談することも。たとえば、レジの前で待っているときも、誰かが困っていれば助けようと手を伸ばし、子供がぐずれば「かわいいわね」と微笑む。こんなふうに見知らぬ人同士でも自然と声をかけ合っています。はじめは「まだかなぁ。早く進まないかなぁ」とモヤモヤしていましたが、今では、そのやわらかな空気がなんとも心地よく感じるようになりました。

ある日、よく行く靴の修理屋さんに靴を持って訪ねたとき、修理屋のムッシューが作業の手を止めて「今日はどんな1日だった?」と私に声をかけてくれました。そこから自然と会話が広がり、ムッシューの息子さんが東京で働いていること、日本の食べ物が好きだということまで楽しそうに話してくれました。

その会話を聞いていた隣のお店のマダムが横から「私も去年日本に行ったのよ。とても楽しかった!素敵な旅だったわ!」と笑顔で話しかけてくれ、近くにいた人たちも次々と会話に加わって、店先がまるでカフェのテラス席のように賑わったのです。ただ靴の修理に訪れただけなのに、店を出る頃には心があたたかくなっていました。

こんなふうに、思いがけない出会いや会話が生まれることが、パリでは珍しくありません。「急がなくていい」という捉え方が根底にあり、「待つ時間=無駄な時間」とは誰も考えないのです。

あるとき、近所のパン屋の帰り道のこと。焼きたてのバゲットを抱えてふと顔を上げると、街の建物に反射した夕陽が驚くほど美しく、その思いがけない景色に、つい足を止めてしまいました。私自身、フランスに来るまで、「効率よく動くこと」「無駄な時間を作らないこと」が何より大事だと思っていました。

でも今は、待つ時間の中にある静けさや偶然の出会い、誰かとのささやかなやりとりを、とても豊かなものに感じています。スーパーのレジを待つ数分のやりとりも靴の修理屋さんでの会話も、帰り道に見た夕陽も、どれも急いでいたら気づけなかったことばかり。

「待つ」ことや「足を止める」ことは不便ではなく、むしろ心をほぐすための小さな合図のようです。「時間を効率よく使う」のではなく、「時間に身を委ねる」という考え方が、この国の人たちのゆったりした雰囲気を作っているのだと思いました。

 

土曜の午後は、「何もしない時間」を、あえて作る


セーヌ川のこの場所は私のお気に入り。

日本で暮らしていた頃の私は、忙しく過ごすことが当たり前のように感じていました。でも、パリに住んで、生活のリズムの違いに気づき、私の中にいくつかのルールができたのです。

そのひとつが、「土曜日の午後にあえて予定を入れない」というもの。週の終わりで、少しだけ気持ちがゆるむこの時間に、家族は思い思いに過ごし、私は部屋のソファに腰をおろして、ゆっくりとお気に入りの本を開きます。

窓の外では、近所の教会の鐘の音がやわらかく響き、キッチンからはお湯の沸く音が聞こえる。寒い冬の日には、あたたかい飲み物を片手に、雨が窓を叩く音をただ静かに聞いて過ごす。そんな何気ない音が、心の奥から緊張をほどいてくれます。

また、夏になると、パリでは街を歩く時間が増えます。土曜の午後には、活気のある通りを散歩したり、テラスで友人や家族とたわいない話をしたりすることも増え、夜9時を過ぎても空が明るく、つい時間を忘れてしまうこともあります。のんびりしすぎて夕食の時間が遅くなるのも、夏を感じるひとときです。

パリに来る前の私は、常に「何かしていなければいけない」という気持ちがどこかにあり、ただ座っていることにさえも罪悪感がありました。でも、ここでは誰もが当たり前のようにくつろぐ時間を楽しんでいます。カフェでも公園でも、ベンチに座ってただ空の移り変わりを眺めている人たちがいて、彼らを見ているうちに私の中にあった小さな罪悪感はいつの間にか薄れていきました。

さらに、パリに来て習慣になったのが、目的のない散歩です。私は、気持ちが少しざわつくときは、決まって外に出ます。セーヌ川沿いを歩き、川のほとりで本を読む。橋の欄干に寄りかかりながら、観光船が行き来するのをぼんやり眺める。カフェのテラスから聞こえてくる笑い声と、石畳を踏むブーツのリズム。通りすがりの人たちの会話が、風に乗って響くのをただ感じる。そのどれもが、ただそっと寄り添うように心を静かに整えてくれるのです。

このような時間があることで、急ぎ足では気づけなかった美しい景色があるのだと知りました。何かを成し遂げるためではなく、ただ、今の自分の状態に戻るための時間が気分を落ち着かせてくれるということ。その感覚を知ってから、私はひとりで過ごす静かなひとときを、以前よりずっと大切にするようになりました。

フランスでは「誰かと一緒にいなければならない」という空気はありません。それぞれが自立しているからこそ、家族であってもお互いを尊重し、ひとりの時間を持つことが自然に受け入れられています。「家族全員が集まる食卓を大切にしつつ、それ以外の時間は自由に過ごす」という距離感がパリらしさであるように思うのです。

何もしない午後。静かな散歩。雨音を聞くだけのひととき。心が疲れたときこそ、何も予定を入れず、ゆっくりと流れる時間に身を委ねる。そんな贅沢が、パリでは日常の中にそっと息づいています。私にとって、「何もしない時間」を大切にすることは、ここに来て手に入れた、かけがえのない豊かさです。

著者紹介

小栗きくこ(おぐり・きくこ)

暮らしのコンサルタント

パリ発 暮らしのコンサルタント。
関西出身。世界各地を旅し、海外移住を実現。アメリカで心理学を学び、思考整理の視点を得る。海外生活27年で多様なライフスタイルを経験。20年前にフランスに移り、現在は夫と娘たちとともにパリに住む。
SNSを通して「パリジェンヌのように、好きなものに囲まれて暮らす方法」「モノや時間に縛られない、思考・空間の整え方」を発信。「日本にいても実践しやすい」と好評を博している。
https://www.instagram.com/kicco_paris.de.kurasu/

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