福岡県で喫茶店「Sounds Food Sounds Good」を家族と営むはらだまさこさんは、2023年頃、国の指定難病であるALSと診断されました。筋肉を動かすための神経が障害を受け、だんだんと身体が動かなくなっていく病気です。
食べることと、料理をすることが好きなはらださんにとって、キッチンに立てなくなってしまったことは、大きな悲しみだったといいます。著書『もしもキッチンに立てたなら』には、はらださんのエッセイと、スマホに書き残していたレシピが収録されています。同書より、ALSと診断されてから受け入れるまでの心境が綴られた一節をご紹介します。
※本稿は、はらだまさこ著『もしもキッチンに立てたなら』(徳間書店)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
ALSってしんどいよ
正直に言います。ALSって、本当にしんどいです。
ときどき足がつる程度のときは、まだ我慢できていました。それがいつの間にか、「毎晩」「同じ場所が」「必ずつる」という状態に変わっていったのです。
次第に歩きづらさが増し、やがて歩行困難となり、診断が下りる頃には、車椅子が主な移動手段になっていました。
ぐっすり眠ることもできません。体が強張ってしまい寝る体勢が安定せず、途中で何度も目が覚めてしまうのです。睡眠時間は続けて眠れて1時間、トータルで4時間いくかどうか。これを、毎日です。
まだ自分で動かせる部分が少しあるからこそ、「動かしたい」という気持ちが勝って、どうにかしたくなってしまう。そのせいで眠れなくなるのです。
「すべてを諦めてしまったら、もっと眠れるのかもしれない」
そんな風に思うときもありますが、諦めてしまったら、この病気に心まで持っていかれてしまいそうで。それだけは、なんとしても許したくないのです。
これはわたしの実感ですが、ALSは「体が少しずつ、自分のものじゃなくなっていく病気」です。今日は動かせていても、明日は動かせなくなるかもしれない。自分の意思で体を操ることができなくなるかも。寝る前、毎晩こう考えています。
とても怖いし、悔しいし、しんどい。
家族にも迷惑をかけています。わたしに合わせて夜も起こしてしまうので、体も心も限界、と思える瞬間も少なくないと思います。
「このまま生きていていいのかな」
と思ってしまうことも、もちろんあります。元気なときのわたしじゃ浮かびもしないような考えが頭をよぎるのです。
それでも、こうやって自分の心を言葉にして書いていくと、「まだ、大丈夫。わたしはわたしだ」と確かめられている気がします。
名前のない恐怖
ALSだと診断を受ける数か月前、先生の手元にある自分のカルテがちらりと見えてしまったことがあります。そこには「神経の異常」と書かれていました。
全身から血の気が引くようでした。体調不良の原因をいろいろと調べていて、「ALSが神経の病気である」という知識があったからです。
それ以来、不安を抑えきれずに、来る日も来る日もインターネットで自分の症状に合う神経の病気を検索しました。「ALSしかない」という諦めと、「どうか違っていてほしい」という願いがせめぎ合い、心が限界に近づいているのを感じていました。
思い返せば、確定診断がつくまでが、いちばんつらい時期だったかもしれません。自分が何の病気なのかわからないまま、足だけがどんどん動かなくなっていく。どうしたらいいのかわからず、朝から晩まで不安で胸がいっぱいでした。
怖くて眠れず、やっと眠れたと思っても夜中にふっと目が覚めるのです。暗い天井を見つめていたら、ワッと涙があふれてくる。泣いても、状況は変わらない。
その頃の記憶はなんだか曖昧で、ただ苦しかったことだけを覚えています。こんなに食べるのが大好きなわたしの、あの頃食べたごはんの記憶がありません。頭からすとんと抜け落ちてしまったようなのです。
病を受け入れるまで
元来アクティブなわたしですが、ALSになって以降、全く外に出ることができなくなりました。
元気だった頃を知っている人に会うと、車椅子のわたしを見て「どうしたの?」と聞かれます。心配してくれているのだとわかっていても、その一言さえ、胸に刺さりました。泣いてしまって心配をかけるのも嫌だし、変わってしまった姿を見られることも恥ずかしい。自然と外に出る回数は減っていきました。
「きっとまた歩けるようになるかもしれない」と思いたかった。でも、どんな医学書を読んでも「ALSの有効な治療法はまだ見つかっていない」とあるばかり。
そんな中、インターネットで検索を続けているうちに「ALSリバーサル」という言葉に出会いました。ALSの進行が止まったり、症状が軽くなったりすることを「ALSリバーサル」というそうです。そうした回復例が、世界にほんの少しだけある、ということでした。
アメリカには自然療法や機能性医学を取り入れてALSリバーサルを目指す団体があり、英語のサイトや論文、症例報告がいくつも出てきました。すべて英語だったので、翻訳アプリとにらめっこしながら、夢中で読み進めました。
もちろん、ほんのわずかな症例です。同じことをすれば必ず治る、というわけではないとわかっています。発症の理由も、体質も、環境も、人それぞれ。それでも、「世界のどこかに回復した人がいる」という事実が、わたしの心に小さな明かりを灯してくれました。
──わたしもALSリバーサルにかけて、生きてみよう。
そう思いました。
落ち込む日も、もちろんあります。病気を「完全に受け入れました」と胸を張って言えるわけでもありません。でも、病気を受け入れることと、ただ諦めることは、きっと違う。それに、もう泣くことに飽きたんです。時間がもったいない。下を向いて歩くより、前を向いて歩いたほうが結果もいいに決まってる。
「どんな小さな希望でも、わたしは信じるほうを選ぶ。わたしの病気は治る」
そう口にするだけで、体の奥からエネルギーが湧いてくる気がしました。