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脳トレや日記は認知症予防として正解なのか? 研究が示す意外な結論

下村健寿(福島県立医大主任教授/医師)

2026年06月25日 公開

糖を摂りすぎると脳の認知機能が低下し、アルツハイマー病などの認知症につながる――近年の研究から、糖分が脳に与える影響が注目されています。

福島県立医大主任教授の下村健寿さんは著書『糖毒脳』にて、脳に悪い習慣と、脳を守るための方法を解説しています。

本稿では、かつてブームとなった「脳トレ」の真実と、脳に良い「書く」習慣についてご紹介します。

※本稿は、下村健寿著『糖毒脳』(ダイヤモンド社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

脳トレは「トレーニング」にならない?

いまから20年ほど前、「脳を鍛える方法」として日本中で一大ブームを巻き起こした「脳トレ」。携帯ゲーム機や雑誌などで取り上げられた簡単な計算、読解問題、パズルゲームといった「脳トレ」に真剣な表情で取り組む人々を、バスや電車の中、病院の待合室などでよく見かけました(いまでも見かけます)。

開発者からは「脳トレをすれば脳が活性化する」という力強いメッセージが発せられ、具体的な研究成果として、思考や判断、感情、創造性を司る脳の司令塔である「前頭前野」の血流が増加するという報告もありました。

認知症患者は前頭前野が萎縮して人格変化や異常行動を来すと考えられていますから、これはまさに「救世主」の登場かと思われました。

さらに、「脳年齢テストで61歳と判定された女性が脳トレを続けた結果、脳年齢が20歳にまで改善した」という驚くべき報告も示され、脳トレは「脳の若返りにも有効」とまで言われました。ついに画期的な「脳を鍛える方法」が発見された、誰もがそう信じました。

しかし、この脳トレブームの直後から、世界中の脳科学者、研究者、医師といった多数の専門家たちから、その効果を疑問視する声が次々と上がりました。専門家たちが指摘したのは、脳トレを続けることで向上するゲームの「スコア」が、必ずしも脳全体の持つ認知機能の改善を反映していないのではないか、という点です。

イギリス公共放送のBBCが1万人以上を対象として行った大規模研究では、参加者に6週間にわたって推論、記憶、計画性、視空間認知、注意などの脳トレ同様の認知課題を訓練させました。

その結果、訓練した特定の認知課題においては、確かにパフォーマンスが向上することが確認されました。しかし、それとはまったく異なる、訓練していない課題に対しては、残念ながら改善が見られなかったのです。

つまり、脳トレによってスコアが向上するのは、特定の課題に繰り返し取り組むことで、その「ゲームのコツ」や「攻略法」を習得した結果に過ぎません。それが脳の一般的な認知機能の向上や、他の領域での認知能力の全体的な改善に直接つながるわけではない、というのが現在の専門家の共通認識です。いくら熱心に脳トレに取り組んでも、期待するような効果は得られない可能性が高いと言えるでしょう。

ただ、完全に無効というわけでもなさそうです。バージニア大学で加齢と認知機能に関して専門的に研究をしているティモシー・サルソウス博士は「やって楽しいならやればいいんじゃないだろうか。別に有害という報告はないし」と語っています。

つまり......脳トレは無理をしてまでやる価値は、残念ながらなさそうです。

 

「スマホ脳」がもたらす恐ろしい現実

最近では、スマホ(スマートフォン)のアプリゲームを「脳トレ」として楽しんでいる人も多いようです。ですが、その効果が限定的であることは、先ほどお伝えさせていただきました。

そしてさらにお伝えしたいのが、スマホアプリに過度に依存することは、効果がないどころか、脳に多大な悪影響をもたらすという事実についてです。

現代社会においてスマホはなくてはならない存在ですが、その便利さと引き換えに、私たちの脳では人類史上かつてない「異変」が起き始めています。

それが、「スマホ脳」と呼ばれる状態です。知性の司令塔である前頭前野や記憶の守護神である海馬が、絶え間なく流れ込む通知や終わりのないスクロールによって過重労働に追い込まれている状態を指します。

単なる「使いすぎの戒め」ではなく、この疲弊した状態の先に「認知症」という深刻なリスクが潜んでいる可能性を指摘する科学者もいます。

具体的には、集中力がなくなったり、数秒前に何をしようとしていたかを忘れてしまう「物忘れ」が増えたり、理由のない不安やイライラといった感情の不安定さが目立ってきたりするのがスマホ脳のサインです。

脳が常に新しい情報を追い求め、深い思考を放棄して表面的な刺激だけに反応するようになり、情報の海に溺れ、注意力が散漫になる「情報過多シンドローム」とも呼ぶべき状態になった結果です。

この脳の疲弊に拍車をかけているのが、スマホのアプリ、とくにゲームに組み込まれた巧みな中毒性です。

多くの無料ゲームやSNSは、行動経済学や心理学を駆使し、脳の報酬系を過剰に刺激するように設計されています。それはオンラインギャンブルのようなもので、予測できない報酬(ガチャやランダムな演出)が与えられるたびに、脳内では快楽物質であるドーパミンが大量に放出されます。

この過剰な刺激に慣れきった脳は、日常の穏やかな喜びを感じにくくなり、より強い刺激を求めてスマホを手放せなくなる依存のループに陥ってしまいます。

実際、「長時間のスマホ使用が脳の海馬の体積を減少させる」という衝撃的な報告もあります。これはアルツハイマー型認知症の初期変化と驚くほど共通しています。

その背景には、スマホがもたらす過剰な刺激によって分泌され続けるストレスホルモン「コルチゾール」が、デリケートな神経細胞を傷つけ、脳内に小さな炎症の火種を撒き散らしている実態があると報告されています。

また、詳しくは後述しますが、認知症の要因の1つに、脳内に溜まる「アミロイドβ(ベータ)」という老廃物の存在があります。本来、私たちの脳は睡眠中に、この老廃物を洗い流す「大掃除」をするのですが、その機能さえもスマホは妨げてしまいます。

つまりスマホアプリは「脳トレ」どころか、かえって私たちの認知機能を崩壊へと導いているのです。

 

「日記をつける」より、脳にとって良いこと

「日記をつけたり自分史を書いたりするのは、脳の活性化に良い」。これもよく耳にする言葉です。認知症予防のために、文章を書くことを日課にしている人も多いと聞きます。その日に起きた出来事を日記に書いたり、仕事を引退して時間に余裕のある人であれば、自身の半生を「自分史」として後世に残そうと執筆したりしている人もいるでしょう。

文章を書くことは確かに頭を使います。認知症予防という観点から考えると、日記や自分史のような「過去を振り返る活動」は、記憶の想起という点で一定の効果があるとされています。

ですが日記や自分史は、主に焦点が当たるのは「執筆者自身の過去の記憶」であり、多くの場合、そこには「読者」の存在が薄い。つまり執筆者の中で完結しがちな活動であるという点が共通しています。じつは脳の活性化につながる、もっと強力なアプローチが存在します。

「創造的な文章」を書くことです。単なる過去の記録に留まらず、想像力を最大限に引き出し、新しいアイデアや世界観を生み出す執筆のことです。

近年の認知症予防研究では、他者との関わりや、新しい情報を処理し、未来を想像する「創造的な思考」を促す活動が、より脳の様々な領域を刺激し、活性化につながることが示されています。

具体的には、次のような執筆活動が脳の多岐にわたる領域を刺激し、認知機能の維持・向上に役立つと考えられています。

●未来の計画や目標を具体的に、細部まで想像しながら記述する
●仮想の物語や魅力的な登場人物を創造し、その複雑な世界観を構築する
●詩や俳句など、言葉を自由に紡ぎ出す創造的な活動に取り組む
●テーマを多様な視点から深く考察し、論理的で説得力のある文章を書く

どうせ書くのであれば、認知症予防に最も効果があるこれらの「書き方」を実践したいものです。

著者紹介

下村健寿(しもむら・けんじゅ)

福島県立医大主任教授/医師

福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。英文原著論文多数(本書初版発売時点において発表した英文論文数は134本)。研究成果の還元に熱心に取り組む。近年は糖尿病が認知症の発症に深く関与していることが確認されており、その流れを受け、脳や認知機能の研究にも取り組んでいる。

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