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社会

「ホワイトカラーエグゼンプション」は両刃の剣

海老原嗣生(雇用ジャーナリスト)

2014年10月09日 公開 2024年12月16日 更新

《PHP新書『いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる』より》

 

ホワイトカラーから残業代がなくなる

 どうやら、日本もだんだんとホワイトカラーの会社員に残業代を払わない社会になっていきそうだ。

 2014年はそんな流れが決定的になりつつある時期でもある。

 最近の政治的な流れを振り返ってみよう。

 まず、安倍首相率いる産業競争力会議において、武田薬品工業会長の長谷川閑史氏が今までの議論をふまえ、4月22日に以下のような2つのタイプの人たちを、残業代の支払い対象から外す(=エグゼンプション)案をまとめた。

1.年収1000万円以上で高度な職業能力を持つ人。賃金は労働時間ではなく仕事の成果に応じて支払う成果主義とする。金融やIT分野の専門職種などを想定。

2.職務内容が明確で「労働時間を自己裁量で管理できる人」。国が範囲の目安を定めた上で具体的には企業ごとに労使合意で決める方式。賃金も基本的に成果主義で、国は年間労働時間の上限について一定の基準を示すとしている。主に介護や子育てで働き方に制約がある人を想定している。年収に関係なく幅広い層が対象になり得る。

 この当初案に対して、風当たりが強かったことから、5月末の最終発表段階では1を基軸に起き、2を外す代わりに、「管理職候補」を加える形に修正して、会議案をまとめている。

 この産業競争力会議の指針が政府の「日本再興戦略改訂版」では一部面取りされ、当初の1案のみに限定する形で発表されている。

 ともあれ、ここまでで、政府諮問機関と政府ともに、ある領域に関しては残業代の不支給を認める考え方が示された。

 これと歩調を合わせる形で、6月16日の衆議院決算行政監視委員会において、安倍首相はエグゼンプションの要件を表明する。

 導入に際し、以下の3条件を厳守する。

 〈1〉希望しない人には適用しない。
 〈2〉職務の範囲が明確で高い職業能力を持つ人材に対象を絞り込む。
 〈3〉賃金が減ることがないよう適正な処遇を確保する。

 この適用要件には年収規定が入っていない。

 そこを衝く民主党の山井和則代議士から質問が続く中で、安倍首相は勇み足気味に以下のような主旨の答弁をしてしまう。

 「経済というのは生き物ですから、<これは将来の全体の賃金水準とか物価水準は分からないわけですよ>。ただ、現在の賃金水準では800万、600万といった人が入らないということは明確です。3原則は今後ともしっかり守っていきます」

 この<>部が言質を取られた形となって、「将来的には年収要件を下げる可能性あり」という拡大解釈が、ネットや一部マスコミで盛んに流されるようになった。

 これが、夏前のできこと。

 そして、今後は労働政策審議会に舞台を移し、次期通常国会での法案提出を目指す。

 

ん?「残業代分も支給する」? ならなんで?

 さて、この流れを見ていて、正直「やばいなあ」と強く感じている。

 残業代の不支給と、その対象となる年収のみが議論の的となっているからだ。

 正直、この件に関しては、それほど労働者は痛手を被るわけではない。

 たとえば、残業代を含めて前年度年収600万円の人が、エグゼンプション対象となったとしよう。

 首相は構成要件の中で、「賃金が減らない」ことを掲げている。つまり、適用前の標準的な残業代も含んだ年収がキープされるのだから、600万円が維持されることになる。

 この額ならば、当面、働く人は損などしない。

 もう少しうがった見方をすれば、「前年以上に長時間の残業を課せば、年収は目減りしたことと同じ」という反論がなされるだろう。そこから、また過労死促進法だという批判がなされることになる。

 しかし、こうした意見に対しては、導入賛成論者から、「さっさと早く家に帰っても年収は維持される」「不況で残業が減った場合は逆に得をする」といった再反論も出てくる。

 こうして、どっちが得か損か、という水掛け論に持ち込まれ、ここでドローになってしまうだろう。

 その結果、経営側の本音がうまく隠し通せることになっていく。

 私が「やばいなあ」と言ったのはそのことなのだ。

 この意味がお分かりだろうか?

 ヒントはすでに出している。私は先ほど「当面、(働く人は)損などしない」と“当面”という言葉を使った。そこがポイント。

 仮に、残業は増えず年収は維持されて、600万円のままだったとしよう。

 エグゼンプション型の給与は。労働時間ではなく、「職務相当の給与」となる。もし、職務が変わらず、昇進も昇格もしないままなら、当然、その給料から上がりも下がりもしなくなる(=同一職務同一賃金)。これは、働く人にとって、大きな変化になると、気づかないか?

 今、世の中では管理職になれずに、ヒラのまま企業人生活を終える人が少しずつ増えている。現在の仕組みなら、そうした人たちの年収は伸びる。

 なぜか?

 日本型の報酬システムは、同一職務同一賃金ではない。同じポストで同じ仕事を続けていても、定期昇給や昇級などでベース給与が上がる。さらに、そうして上昇したベース給与に割増し残業代が付加されることで、増加割合が増幅される。

 こうした構造だから、ヒラで同じ職務を続けていても年収は年齢とともに増えるのだ。

 結果、最終年収は、同一役職のままでも大手企業なら200万円近く普通に伸びたりする。

 エグゼンプション論議には、常にいくつかの修飾語が付加されている。「欧米的な人事慣行」や「職務に応じた給与」「業績相応の報酬」といった言葉だ。当然、同一職務同一賃金となる。それは、その反対側にある日本の人事慣行(専門用語的には「職能主義」)を打破することを意味する。残業代の有無はこうしたいくつかの変化の中の一部にすぎないのだ。

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