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激しく変化する東アジアの安全保障情勢を読み解くには

能勢伸之(フジテレビ報道局上席解説委員)

2015年08月13日 公開 2023年02月15日 更新

《PHP新書『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』より》

 

 激しく変化する東アジアの安全保障情勢のなかで、私たちは日々さまざまなニュースを目にする。しかしそれらが教えてくれるのは、じつは氷山の一角であることが多い。最も顕著で重要な変化は、じつは潜ってみえないところで起きている。

 2014(平成26)年7月1日に閣議決定された「『武力の行使』の新三要件」によって限定容認された集団的自衛権行使、2015(平成27)年の日米防衛協力のための指針(日米ガイドライン)改定、さらには自衛隊法や事態対処法の改正などからなる安保法制の論議……これらはすべて氷山の一角にすぎないのかもしれない。

 だが、こうした氷山の一角のうちのどれとどれが、同じ氷山の上にあるのかがわかっていれば、それらをつないで、日本の安全保障にかかわる状況の全体像を紡ぎ出すことが可能になるだろう。

 たとえば、集団的自衛権行使については、自衛隊が国外で活動するのはリスクではないか、など侃々諤々の議論が行なわれたが、そうした議論の先にある日本の安全保障にかかわる状況の全体像、見え隠れするダイナミズムとは、何なのだろうか。

 国連憲章第51条に始まる、この言葉をめぐる国会での議論は、第二次世界大戦後、日本がまだ占領下にあった1949(昭和24)年に始まる。1960(昭和35)年には、外国に行って外国を守るというのは、憲法では認められないとの見解が打ち出された。そして国会で憲法解釈についての議論が精微に、延々と積み重ねられてきた結果、自衛隊の行動に対するさまざまな「制約」が生まれた。集団的自衛権行使は認められないというのも憲法解釈によって生まれた制約の1つといえそうだが、精緻な議論の積み重ねでそこから、さらに新たな制約が生まれている。

 そして、長年にわたって日本は、集団的自衛権はもっているが行使できない、言い換えれば、そこで生まれたさまざまな制約に抵触しないという前提で、防衛関連法制も、自衛隊の編成、装備も整備してきた。これは逆にいえば、そうした複雑な制約の下でも、日本の防衛が成立してきたということにほかならない。であればこそ、集団的自衛権を行使しなくても「不利益が生じるというようなものではない」との政府見解も受け入れられてきたのだろう。しかし、いまでもそうした制約を課したまま、日本は「不利益」をこうむらないといえるのだろうか。

 ソヴィエト連邦崩壊前後からの東アジアの軍事情勢の変化、そして軍事技術の発達は、そのまま日本にとっての軍事的脅威や潜在的脅威の変化と増大につながっている。その変化はときに奔流のように激しく、ときに地下水脈のようにみえにくいが、いまでもその流れはとまっていない。北朝鮮は、核と弾道ミサイル、あるいは弾道ミサイルを使う戦術も発達させつづけている。中国は、世界第2位の経済力を背景に、軍事力や海警、武警の強化を進めている。

 一般論だが、新たな脅威に対し、既存の防衛策が通用しないならば、「抑止」は成立しない。そこでは新たな防衛策が必要となるだろう。自国内でその防衛策がみつからなければ、国外の軍隊が使用している防衛策も視野に入れる必要があるかもしれない。あるいは防衛技術の発達によって、国籍の違う軍隊同士の協力も物理的な深化をみせはじめている。あくまで“技術面”だけでいえば、それは「国籍を超える防衛上の仕組み」だ。この仕組みを日本の防衛に利用するのは“技術的”には可能かもしれないが、その仕組みと前述の法体系に内在するさまざまな制約とは、はたしてどのような関係になるのか。

 本書で繰り返し登場し、キーワードにもなる言葉を1つだけあげるなら、それ自身がまさに「国籍を超える防衛上の仕組み」を支える「データリンク」という言葉である。データリンクは、日本の安全保障の仕組みを大きく変える可能性を秘めている。だからこそ、その本質を理解することは、激動する東アジアの安全保障の全体像を掴み、日本の選択肢を把握するためにもどうしても必要である、と思われるのだ。

 あるいはそれ以外にも、聞き慣れない軍事・防衛技術が本書には出てくるかもしれないが、あくまでそこで伝えたいのはおのおのの細かい性能ではなく、その性能がつくられた意味、その意味をつなぎ合わせたときにみえてくる全体像である。とはいえ、もちろんそうした技術を軽んじているわけでもない。防衛技術に詳しいから、とその政治家をオタク扱いするような言いぶりをすることに、筆者は違和感を覚える。極端な譬えかもしれないが、アルファベットの読めない人に、外国語を読めるとか、話せるとか言い張られても疑問を覚えるだろう。

 関連技術についてはできるだけ難解にならないよう、簡潔に記したつもりだが、慣れるまでは読みにくいところもあるかもしれない。個々の話がやがて大きな全体感につながる、という意識をもって読み進めていただくことができればと思う。

 そして、そうした全体像を理解することはいまや為政者の役割であるのみならず、日本列島の住民一人ひとりの未来を左右するほどに重要なことではないか。冷戦期のように奇妙な安定の上で「今日の先には明日がある」という世界観とは違って、ますます不安定化する安全保障環境の下、世界の「一寸先は闇」だからだ。本書がそうした読者諸賢の意識をさらに触発する一助になれば、筆者としては望外の喜びである。

<著者紹介>

能勢伸之(のせ・のぶゆき)

フジテレビ解説委員

1958年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビに入社。報道局取材センター政治部で防衛・外交を中心に取材。1997年FNNロンドン支局長。1999年にコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。フジテレビ報道局取材センター政治部担当部長を経て、現職。
著書に、『ミサイル防衛』『防衛省』(いずれも新潮新書)、『弾道ミサイルが日本を襲う』(幻冬舎ルネッサンス新書)などがある。

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