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生き方

成毛眞 真面目に働いている人ほど、遊んだほうがいい

PHPビジネス新書『大人はもっと遊びなさい』より

2016年09月13日 公開 2024年12月16日 更新

大人はもっと遊びなさい

大人はもっと、遊ぶべきだ。

そう言うと、「遊ばないのは時間やお金がないからだ」などと、いくらでも遊ばない理由を挙げる人もいるだろう。中には「遊びは役に立たない」「何のメリットも生まない」と言う人もいるに違いない。じつに大人らしい考察だ。

しかしそういう人に限って、漫然とSNSの画面を眺めることに時間を費やしたり、長い行列に並んでラーメンを食べてみたりしている。

そうすることが心から好きなのであれば、それを非難するつもりはない。しかし、大半の人が「ほかにすることがないから」「流行っているから」といった理由でそれを選択している。要するに、自主的に遊び、楽しむことができない人、こういった行為に流れているのだ。

もしかすると、SNSに意味を見出せずにいるかもしれないし、ラーメンよりもオムライスのほうが好物なのかもしれないのに、中途半端な時間の使い方をしているのである。そして、遊びのコストパフォーマンスの低さを語っている。奇妙なことである。

そもそも、遊びに出合ったばかりの子どもは、コストパフォーマンスなどを考えては遊ばない。むしろ、砂場で山を築いては崩すというコストパフォーマンスゼロの遊びにも積極的かつ勇猛果敢に取りかかる。それが楽しいと知っているからだ。

私にしてみれば、受け身で時間を潰している人に比べれば、その子どものほうがよほど生産的に思える。なぜなら、自分は何が好きかをわかっていて、何をすれば自分が楽しいと思えるかを知っているからである。「気づき」とか「メリット」とか「リターン」などはどうでもよく、前向きに遊ぶのが子どもなのだ。

私は、だからこそ大人に、遊びが必要だと思っている。

遊べば、自分に「好きなこと」があることがわかる。これは嬉しいことだ。

そして、好きなことをしていれば、当然、嬉しい。苦しみながら好きなことをするという人は、広い世界を探せば何人かは見つかるかもしれないが、数えるほどだろう。

さらに、好きな遊びはいつ始めてもいつ止めても構わないし、誰にも迷惑をかけない。社運を賭けたプロジェクトなどとは違って、自由気ままに取り組めるのだ。完全に自分でコントロールできるのが、遊びなのである。主体的に生きたれば、人間、ともかく遊ぶべきなのだ。

しかも、仕事に真面目で勤勉な人ほど、いい加減に遊んだほうがいい。いい加減という言葉が適切でなければ、子どものように遊んだほうがいい。

大人らしく振る舞うことを求め続けられてきた大人は、いざ遊びの場面でも大人らしくなりがちだ。つい、節度を持って、遊んでしまう。そうでなければ、羽目を外して遊びで身を持ち崩す。しかし、遊びで身を持ち崩す子どもはいない。

その意味でも、遊びはただただ、子どものように遊べばいいのである。

それに、このあとで書いていくように、人は遊ぶようにできている。だから、大人であることを理由に遊ばないのも、大人びた遊びをしようとするのも、じつに不自然だ。

子どもマインドで、興味を持てる遊びだけをすればいい。

そうしていくうちに、じつは仕事も、さほど真面目で勤勉である必要がないということに気がつくだろう。

もちろん、外科医が手術を不真面目に行ったり、勤務中の警察官が勤勉でなかったりしたらそれは困るのだが、私が言いたいのは、起きている時間のすべてを仕事に注ぐような生き方は、しなくていいということだ。そんな人生、はたして楽しいだろうか。

だからといって、人生を賭けるような遊びはしなくていい。単身で北極点を目指したり、アマゾン川をカヌーで下りきったりする必要もない。もしもそれをどうしてもしたいなら応援したい気持ちもあるが、「それくらいのスケールの遊びをしなくては」と思い込む必要はまったくありませんよ、と言いたい。

そう思い詰めてしまうのは、大人になりきっている証拠。子どもの頃を思い出してほしい。遊びはチャラくていいのである。

私は学生時代も、マイクロソフトに入ってからも、そこで社長になってからも、退社して起業し、ノンフィクションの書評サイト『HONZ』を立ち上げてからも、何らかの形でずっと大人げなく遊んできたし、今も遊んでいる。

「成毛さんは多趣味ですね」と言われることもあるが、その指摘には首をかしげたい。多趣味という言葉には、その多くの趣味がセミプロレベルに達しているという雰囲気がそこはかとなく感じられるからだ。

私は確かに多くの遊びを経験してはいるが、どれ一つとっても頂点を極めようと思ったことはない。

たとえば、ゴルフは長年続けている遊びだが、シングルではないし、それを目指してもいない。プラモデルづくりも好きだが、しかし、未完成のまま放置してあるプラモデルの数は、完成させたものの数よりはるかに多い。

それでも、ゴルフもプラモデルづくりも好きだから、断続的に続けている。

繰り返しになるが、遊びだからそれでいいのだ。もう一度言う。遊びはチャラくていいのである。

成熟した日本社会の中でそうやって遊んでいる大人は、少ない。だから際立つ。際立とうとして際立つのではなく、自然とそうなってしまうのである。

そして周りを見回すと、そういう人に限って、ビジネスでも成功を収めていることが多いのだから不思議と言うほかはない。そのための方法が、子どもらしく遊ぶことなのだから、これをしないという選択はないだろう。

この本は、そう広く提案するつもりで書いたものである。

著者紹介

成毛 眞(なるけ・まこと)

1955年、北海道生まれ。79年、中央大学商学部卒業。82年、株式会社アスキーに入社後、株式会社アスキー・マイクロソフトに出向。86年、マイクロソフト株式会社に入社し、OEM営業部長、取締役マーケティング部長などを経て、91年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退職後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。現在は、早稲田大学客員教授、スルガ銀行社外取締役ほか、書評サイト『HONZ』の代表を務める。近著に、『これが「買い」だ』(新潮社)、『ビル・ゲイツとやり合うために仕方なく英語を練習しました。』(KADOKAWA/中経出版)、『教養は「事典」で磨け』(光文社)、『情報の「捨て方」』(KADOKAWA/角川書店)などがある。

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