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東電値上げの胡散臭さ

高橋洋一(嘉悦大学教授)

2012年01月20日 公開 2024年12月16日 更新

『数学を知らずに経済を語るな!』より 》


「経済は数学が分かっていないと分からない」― 理学部数学科・経済学部経済学科出身のエコノミスト高橋洋一氏が、からっきし数学的思考が弱い編集者S君と出会い、なぜみんなが政府や官僚に騙されてしまうのかを思い至って、ともに「経済と数学の教室」をひらいた。
高橋教授とS君とのやり取りから、経済・社会事象のほんとうの読み方を示していく。


 S君、東電値上げ案に「ちょっと待てよ」と憤る

S君 福島第一原発で大事故を起こした東京電力が、電力料金の10~15%値上げをもくろんでいるようです。最初に知ったのは、2011年8月28日付『読売新聞』の記事でした。

教授 なんだか値上げしたがっているらしいね。で、その記事を読んで、S君はどう思ったの? また、順を追って説明してみてくれる。

S君 まず、記事を読みました。

教授 ここはもう一緒だよ(笑)。私もそうだよ。それで?

S君 今回は「10%値上げ」が、まず目に入りました。

教授 それはいい傾向じゃない(笑)。

S君 で、この10%は何にかかる費用かと思いましたね。すると、「原発の代わりに動かす火力発電の燃料費増加コストと書いてある。原発を停止させるために火力発電の燃料費が余分にかかるということですね。

教授 ふむふむ。それを読んで、どう思ったの?

S君 ここは珍しく「しょうがない」とはなりませんでした(笑)。感じたままいいますと、コストをいうならば、原発を稼働させるコストと、火力発電所を稼働させるコストを比べなければいけないだろう、と。つまり、つくった費用も含めて、それらを比べなければいけないのに、燃料費だけを出してくる理由がよくわからなかった。だから、「おかしいな」と思いました。

教授 燃料費増加コストだけを持ち出す理由がわからないっていうこと?

S君 はい。原発が止まったから値上げだっていうのなら、原発にかかるコストと、火力発電にかかるコストの総額を比べなければいけないのに、なんで燃料費だけを持ち出してくるのか、と。

教授 なるほど。じゃあ、私の考えを開陳する前に、もし役人なら、S君のような意見に対してどういう反論をしてくるかっていうのを教えましょう。

S君 お願いします。

教授 この場合、東電は、原発を停止したことで従来の火力発電で使用していた燃料の量だけでは間に合わなくなっている。だから、追加的に燃料を調達しなければならない。しかも緊急に調達するので、従来の平均的なコストよりも追加コストのほうが高くなる。その分、電力料金を高くしないと電力供給に支障をきたしますよ、といっているわけだ。こういうのを、経済学の用語では「限界概念」っていうの。

S君 そういう言葉があるんですか。

教授 あるよ。こういう状態だから、平均コストより追加コストのほうが高くなってしまう。仕方がないでしょう、っていう。

S君 非常時だから。

教授 そう。そういうふうにいわれたら、反論できないでしょ(笑)。役人だったら、こういうふうに答えるだろうね。「いや、そんなこといわれたって、追加的にやってるから、燃料費が普段よりたくさんかかってるんですよ。緊急に調達しなけりゃならないから、大変なんですよ」。

S君 「平時じゃないんだから、仕方ないだろう」ってことですね。

教授 そう。それでおしまい(笑)。しかも、S君のように「原発にかかったコストと比較しろ」っていう人がいたら、きっと、こう付け加えるね。「おっしゃることはわかりますが、もう原発は動いていません。過去に使ったお金のことをいわれても、いまさらどうしようもありません」ってね。こういうふうに、過去に投下した資本のうち、事業の撤退や縮小を行っても回収できない費用のことを、経済学では「サンク・コスト(埋没費用)」っていうの。それ以上資本投下しても、得られる便益よりも費用のほうがかさんでしまう場合には、事業を中止したほうがいいでしょう。それまでにかかった費用はもったいないけど、いまさら云々しても仕方がない「サンク・コスト」ってことになる。

S君 八ッ場(やんば)ダム間題でも、そんな話が取りざたされましたね。

教授 そう、そう。だから、役人は、過去の建設・稼働コストの比較なんか要求されても、いっこうに動じない。「そんなこといわれても、いまさらしょうがない。大切なのは、いま緊急に必要とされる追加コストをどう捻出するか。そのためにも値上げが必要ですよ」と。まあ、そういう具合に攻めてくるよね。

S君 それが10%! うわあ、そうですか。

教授 悔しいでしょ、そういうのって。でも、そこで憤りを引っ込めちゃダメだよ。

S君 あ、反撃手段があるんですね!

 ここでも収入=支出の恒等式を頭に浮かべよう

教授 要するに、S君とは「東電値上げ要求」に対する批判の仕方というか、物事の考え方のフレームが違ってるんだよな、たぶん。

S君 でしょうね。教授だと、あの記事を読んで、どうお考えになりますか?

教授 私も、1〈記事を見る〉は同じだよ。で、今回は、2〈数字を見る〉も同じだよ。

S君 おお、今回は仲良し(笑)。

教授 でも、3が決定的に違うな。

S君 やっぱり(泣)。

教授 私なら、復興財源の話のときと同じように、まず、収入=支出という恒等式が浮かぶね。こうならないと、電力会社として困るはずでしょう。

S君 東京電力の収入と支出ですね。

教授 そう。東電のバランスシートとか財務諸表とか見ないと正確なことはいえないけれど、まず間違いなくいえるのは、東電の収入のなかには「電力料金」以外のものがあるはずなんだよね。ちょうど、国家の歳入のなかに税収以外のものがあったように。一方、支出のほうには、燃料費とか人件費とか様々なコストが入っている。で、あえて簡略な恒等式にしてみれば、こんな式が成り立つと思う。
 収入=電力料金+電力外収入+資産売却
 支出=燃料費+人件費+その他
 ということは、収入=支出の万国共通の恒等式にのっとれば、支出の一部である燃料費がアップしたからといって、それをまかなう収入をすべて電力料金のアップに求めるのは偏った考え方でしょう、ということになる。

S君 さっきの復興財源の話と一緒ですね。

教授 そう。またもや新聞記事は、燃料費増=電力料金増と勝手に置いて、「限界的なところで燃料費が増えちゃいました。だから電力料金を上げましょう」っていう言い方をしているんだね。さっきの例で、予算増(復興財源分)=増税とやったように。

S君 そうですね。

教授 でも、私などは、いろいろほかに支出増分を埋める方法はあるんだから「そう決めつけるのは違うだろう」って、まず考えるわけね。ただ、こういう恒等式がすぐに浮かばない人の場合、「これが増えたからこっちも増やせ」っていわれると、なんとなく、燃料費と電力料金が一対一の関係でリンクしてるように思い込まされて、しぶしぶ納得しちゃうんじゃないかな。

S君 おっしゃるとおりです。

教授 だから、役人とかマスコミとかは、そこを知っていて戦法として使っているんだね。ところが、収入=支出という恒等式さえ頭に浮かべば、要は、左辺と右辺のいろいろな項をいじって、最終的につじつまが合えばいいのだから、「いろいろなやり方があるじゃん」って思えるわけ。騙されないで済む。

S君 人件費を削る手もあると。

教授 いちばん簡単なのは、それだよ。いや、もっと簡単なのは、不要不急の資産を売ることだね。東電保有のグラウンドだとか、社宅とか、保養所とか。私だったら「電力料金値上げをいう前に、こういうのを売ってから考えろ。なんで、やらねえんだ」と噛み付きたくなるね(笑)。

S君 ロジックとしては単純な話?

教授 うん。入と出が一緒だっていう。そもそも、原発事故は国民のせいで起こったわけではないでしょ。東電が自然災害に対してタカをくくっていたから起こった。「想定外」とかいっていたけど、じつは「残余のリスク」として想定していたことが明らかになっているしね。「不手際はおたくの問題じゃないの?」という話なんだから。

S君 だから、この「電力料金値上げ要求」を認めちゃったら……。

教授 東電の資産会計には手をつけなくていい。人件費も手をつけなくていいっていう、そういう話になっちゃう。

S君 そんなの、民間企業ではありえないですからね。

教授 そうだよね。普通の企業だったら、商品やサービスの値段を上げるの大変じゃない。だから、普通は、まず資産の売却や人件費の切りつめで対応する。

S君 値上げなんて話は、そこからですよね。

教授 そう。だから、こんな妙な恒等式を持ち出してくるっていうのは、そもそも電力料金を決めるときの式がおかしいっていう話に行き着いてしまうんだね(笑)。

S君 あれだけの大事故を起こしてボーナスもらっていますからね。いま、政府から数兆円の支援を受けるためにリストラを計画中とか発表していますが、どうにも信じられませんね。東電の人件費は「聖域」なんじゃないかと、国民は疑っちゃう。

教授 そうそう。夏のボーナスももらったからね。普通は、あれだけの事故を起こしたら、一般企業ならボーナスは出ないね。

S君 そもそも、電力料金の根拠がわからないんですよ。

教授 そうだね。電力料金っていうのは、とても特別で、電気事業法によって、コスト上昇分を料金に反映できる総括原価方式というのが認められているんだね。だから、じつは燃料費がアップしたら電力料金を上げてもいい、という話になっているんだけど。これ自体がおかしいし、やましいよね。

S君 そうかあ。いままで、なんとなく変だとは思っても、そこまで思い至りませんでした。やはり、数式を頭に浮かべるって重要ですね。

 

高橋洋一 

(たかはし・よういち)

株式会社政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授
1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年、大蔵省(現財務省)入省。理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、国土交通省国土計画局特別調整課長、内閣府参事(経済財政諮問会議特命室)などを歴任し、2006年より内閣参事官。2007年に財務省が隠す国民の富「埋蔵金」を公表し、一躍、脚光を浴びる。2008年、退官。
著書に『さらば財務省!』『財務省が隠す650兆円の国民資産』(ともに講談社)『統計・確率思考で世の中のカラクリが分かる』(光文社)『この経済政策が日本を殺す』(扶桑社)『官愚の国』(祥伝社)など多数がある。

 

◇ 書籍紹介 ◇

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