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スティーブ・ジョブズのいう「バカ」の意味

茂木健一郎(脳科学者)

2012年01月27日 公開 2021年08月04日 更新

※本稿は、PHPビジネス新書『突き抜ける人材』より一部抜粋・編集したものです。

 

新卒一括採用に、合理性はない

現代の知識人の必要条件は、「多様性」を空気のように感じていることだと思います。人種的な多様性だけでなく、文化やライフスタイルの多様性を自然に受け入れられる。逆にいうと、新卒一括採用が当たり前の日本の姿は、僕にはまったく理解できません。

こんな話をすると、日本の就職コンサルタントの人は、「君は世間を知らない」「企業の実態を知れば、そんなバカなことはいわないはずだ」などといいますが、彼らが何をいいたいのか、逆にまったく理解できません。

僕がいいたいのはシンプルなことで、いろいろなライフスタイルの人がいて、なかには大学を出たあと1年ぐらいのんびりしたい人もいる。そういう人を就職の採用マーケットから排除する合理的理由は何なのか、ということです。それに対し「君は世間を知らない」というのは、一種の恫喝です。

ほかにも日本では、「子供みたいだ」「ナイーブだ」といった決まり文句がありますが、そういうことをいう人たちは、決まって何の論理的な理由も挙げられません。たんに僕の意見を圧殺しようとしていっているだけです。

では、このような状況をどう打開するか。それこそ「突き抜ける人材」の力が必要なのですが、ここでとくに大切なのが、「思い」や「信念」です。なぜこれらが大切かというと、じつは、人工知能の限界と深く関わる話なのです。

 

人工知能には移せない大切なもの

1970年代から80年代にかけて、人工知能にチェックリストやルールを書かせようとする研究がはやりました。エキスパートシステムと呼ばれるもので、ある専門家がある局面でどう判断するかを、全部データベース化するのです。

たとえば職人さんが途絶えてしまうと、その技術は失われてしまう。そこで職人さんの技術や知恵などを全部、コンピュータに移そうというわけです。しかしこの試みは、すべて失敗に終わりました。

逆にいまのグーグルのシステムは、古典的なコンピュータのアルゴリズム(算法)でつくられています。このやり方が成功したのは、人間をリプレース(置換)するような人工知能の研究をやめて、徹底的に人間が使うツールとして構想したからです。

「思い」や「信念」も、人工知能には移せないもので、生きている人間にしか宿りません。それらがあるからこそ、人間は正しい判断や選択ができるし、逆に人工知能にはできないのです。

それぐらい思いや信念には価値があり、現状を打開する「突き抜ける人材」になるためには不可欠といえます。スティーブ・ジョブズが亡くなったあとのアップルの経営を危惧する人が多いのも、そのためです。

ジョブズの持っていた思想は、マニュアル化できるものではありません。1つ希望があるとすれば、彼の近くにいた人たちが感化され、自分自身の思いや信念としてジョブズの思想を血肉化していれば、ということでしょう。

そもそも世の中に、「このとおりにやれば100パーセントうまくいく」というマニュアルやノウハウなどありません。

日本ではビジネス書というと、仕事に求められるノウハウをうたったものが多いですが、アメリカではこの手のノウハウ本は「セルフヘルプ(自助)」というジャンルになります。自分を助けるインスピレーションを得るためのヒントとして、一種のノウハウを求めるのです。

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著者紹介

茂木健一郎(もぎけんいちろう)

脳科学者

脳科学者。ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別研究教授。
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。
主な著者に『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『脳内現象』(NHKブックス)、『脳と仮想』(新潮社)、『「脳」整理法』(ちくま新書)、『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)、『脳と創造性』『脳が変わる生き方』(以上、PHPエディターズ・グループ)などがある。

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