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社会

「なんのために大学を出たんだ…」氷河期世代の苦しい胸中

平岡陽明(ひらおかようめい:作家)

2019年11月05日 公開 2019年11月06日 更新

日本の出生数が予測よりも急減していると報じられ、その要因に氷河期世代が苦境にあることを指摘する声も出ている。

取り残された世代、ロスト・ジェネレーション。バブル崩壊の影響で新卒採用数も激減。未曾有の就職難に見舞われ、就職氷河期世代とも呼ばれる。正社員になれずに、悪待遇を耐えざるを得ない人が大量に生み出された。結婚や子育てもままならない環境に追い込まれた人も多い。

『松田さんの181日』で第93回オール讀物新人賞を受賞するなど活躍を続ける作家の平岡陽明氏も1977年生まれのロスジェネ世代。このたび発表した新作『ロス男』(講談社刊)では、40歳のフリーランスのライターを主人公とし、時代の間に取り残された世代をテーマとしている。

「小説のほうが、リアルを伝えるにはいい」と平岡氏自身も語るように、作中では氷河期世代の現実が生々しく描写されている。本稿ではその一節を紹介する。

※本稿は平岡陽明著『ロス男』(講談社)から一部抜粋・編集したものです。

 

「社会人デビューだな」とせせら笑う仲間

僕は28歳の時の光景を思い返した。5、6人で集まった同窓会がグダグダになりかけた頃、小野が飲みさしのウーロンハイを持って僕のところへ来た。

「出版やライターの世界について教えてくれないか。業務内容、勤務形態、給与体系。全般的に教えてくれ」

小野が何かに興味を持って質問してくるなんて初めてのことだった。僕はその頃、カンちゃんと同じ編集部にいた。会社は好きになれなかったが、小野の好奇心を冷ましてしまうのが勿体なくて、あることないこと、面白おかしく話したのを憶えている。

そして2年後に同窓会で再会したとき、小野はやくざライターになっていたのだ。生き生きとした喋り。相手を窺うような目つき。計算的に崩された格好。まるで別人だった。

小野はしょっちゅう鳴るケータイをすべて1秒以内に取った。

「あ、悪い」

小野が何度目かにケータイで席を外したとき、僕らは白々とした雰囲気に包まれた。会話に裏社会の隠語を混ぜたがるのは痛かったし、似合わない服は見ているこちらを恥ずかしい気持ちにさせた。

ケータイに振り回される姿は滑稽ですらある。「社会人デビューだな」と誰かが言い、せせら笑いが起きた。

だが、それだけでは片付けられない"何か"があることもまた事実だった。

その何かを言葉にすることができたのは、次の同窓会でのことだった。とっぽい格好もいくらか板についてきた小野が、満更でもない様子で「ケータイの登録番号の九割がやくざになっちゃったよ」と言ったのを聞いて、僕らは小野に対する感情の正体を理解した。

こいつはまだ、自分に見切りをつけてない。小野だけが本当の自分の人生を起動させようと踠いているのだ。

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「早くこんな生活から抜け出したい」

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