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妙にハイテンションに、会話が一方的に…知らず知らずに現れる「あの病気の兆候」

小野寿々子(ライター)、屋代隆(医療監修:自治医科大名誉教授)

2020年01月31日 公開 2020年01月31日 更新

 

日本では江戸時代に蔓延

梅毒。最も有名な性病のひとつであり、昔話の中でショッキングな絵面やエピソードとともにその名を目にすることも多いだろう。

特に江戸時代、遊郭を中心に驚異的に蔓延し、遊女の梅毒罹患率は3割とも5割とも言われた。

その印象からひと昔もふた昔も前の病気だと思いがちだが、梅毒は決して過去の病気ではない。今また静かに、そして急速に感染を広げているのは医療関係者の間では周知の事実だ。

かつては不治の病であった梅毒も、1940年代のペニシリン普及以降、発症は劇的に減少し、今は早期に治療をおこなえば治癒する病気となった。彼女のように第4期にまで進行するケースは極めて稀である。

第4期梅毒とはつまり末期梅毒であり、感染後10年以上経過した状態と分類されている。末期に至るまで、彼女はなぜ10年以上も治療することなく放置したのか…。

答えは実にシンプルだった。自分が梅毒に感染していることにまったく気づいていなかったから。これが梅毒の恐ろしさだ。

早期にはしこりや発疹といったわかりやすい皮膚症状が出現するが、身に覚えがなければ性病感染など疑いもしないだろう。ヘルペス等の単なる皮膚炎と勘違いしがちな上に、これらの症状は治療しなくてもやがて自然に消失する。

無症状の時期と長い潜伏期を持つのがこの病気の厄介な特徴であり、感染の自覚がないゆえに検査も治療もおこなわず進行させてしまう。

その結果「極めて稀」な第4期神経梅毒となった患者。それが彼女だ。

その末期梅毒患者の近親者として重篤な症例を目の当たりに見たことが、私が梅毒をテーマの作品を書くきっかけとなった。

できるだけ多くの人、特に若い女性の目に触れてほしいという思いから、活字ではなく漫画という媒体を選んだ。

 

今、改めて身につけなければいけない「正しい知識」

『薔薇の迷宮』のストーリーはフィクションだが病状についての描写はすべて事実である。

資料を調べ取材を進めるなかで、私は梅毒という病気の凶悪さに戦慄した。
梅毒トレポネーマは宿主に感染の自覚を持たせず、いつしか脳に、あるいは血管に、あるいは神経にと体内奥深く浸潤し、時に命を、時に人生を奪ってしまう。

特に感染力の強い早期梅毒の患者は、無自覚のまま性行為によって感染を広げていく。

つまり被害者は簡単に加害者に転じるのだ。それがこの病気の真の恐ろしさかもしれない。

さらに梅毒患者への誤解や偏見、過剰な警戒にも私は一片の恐怖を感じた。
ごく近しい相手が梅毒にかかっていると知ったら、あなたは繋いでいた手を咄嗟に振りほどきはしないだろうか。無理もないと思う。

事実、私も彼女の友人たちも自身への感染を疑った。そんな可能性がないにも関わらず。

梅毒はSTD(Sexally Transmitted Disease)の一種で、基本的に性行為によってしか感染しない。

だが人は恐れるのだ。

咳やクシャミでも感染するのではないか?
同じグラスや同じ箸を使ったら?
同じタオルを使っても平気なのか?
銭湯や温泉ではうつらないのか?
トイレの便座は? プールは?

どれも答えは「ほぼ感染しない」であり、「だが可能性はゼロではない」である。無闇に恐れる必要はないが、正しい知識を持ってパートナーとともに予防に努めなければ危険は常に隣にある。

現在、彼女は郊外の閉鎖病棟で暮らしている。傷病名は「神経梅毒後遺症」。いわゆる認知症であり、今後も自立は不可能。死ぬまでここを出ることはない。

梅毒による二次性てんかんのけいれん発作もあり、転倒事故や病気のリスクも高い。各種治療にも限界があり、たとえば医師の指示が届かないため歯の治療は困難である。

だが、そんな暮らしのなかで彼女は屈託なく笑う。
閉鎖病棟という名とは裏腹に陽光さんざめく院内と、童女に戻ったような彼女の笑顔が皮肉な救いだ。

だが、私たちは決して次の「彼女」を出してはならない。
知っているようであまりに知られていない梅毒という病気について、改めて理解を深めなければいけない時が来ている。

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