弁護士仕分け人が語る「事業仕分けこぼれ話」~その1「事業仕分け廃止論にこたえる」(1)
2010年12月27日 公開 2022年12月21日 更新
「結局事業仕分けはたんなる政治ショーじゃないか」「何兆円もの財源は捻出できないではないか」「民主党同士で言い争って見苦しい」「事業仕分けをこれ以上続ける意味はない!」……。
とくに11月15日から11月18日まで実施された再仕分け後には、事業仕分けに対してこうしたさまざまな批判が噴出しています。第1弾の事業仕分けの際には、好意的に(ともすれば偏向的に)“ちやほや”してくれたマスメディアが、手のひらを返したように事業仕分け廃止論や仕分け結果の不当性を語る一部議員の主張を繰り返し報道するのをみると、風とは逆風のときほど強く感じるものだな、と一民間仕分け人としても実感します。
しかし、これらは、必ずしも合理的な批判ではないようです。事業仕分けに対する幻想を前提とした批判や、逆に国会審議の無謬性を前提にした批判、現政権の抱える政治問題と事業仕分けの制度問題を混同した批判、などが多いと感じています。
拙著「弁護士仕分け人が語る『事業仕分け』の方法論(日本評論社より12月20日発刊)」では、これらの批判に対して、事業仕分けの本質は何かという視点から答えるべく論考を進め、また月刊誌『Voice』1月号(12月10日発売)でも再仕分けの具体例を用いながらこの点について論じました。
しかし、『Voice』本誌では紙幅の関係上、現状の再仕分け批判の全体像を整理して一つひとつ論考することまではできませんでした。ここでは、『Voice』本誌を受けたこぼれ話として、さらに論考を補足したいと思います。
事業仕分け批判の3つのパターン
現在の事業仕分けに対する批判は、大きくわけて、(1)「結局何兆円もの財源は捻出できないではないか」「再仕分けをしなければいけないこと自体が事業仕分けに実効性がないせいだ」という事業仕分けの機能的限界に対するもの、(2)「本来事業仕分けは決算委員会等で行なうべき機能であり、選挙で選ばれたわけでもない民間人中心で行うべきではない」という実施適格に対するもの、(3)「民主党政権で策定された予算を仕分けるのはおかしい」という政治的位置づけに関するものの3種類があるように思います。
(1)の機能的限界に対する批判は、そもそも事業仕分けに対する過剰な幻想が流布されてきたことに起因するように思います。事業仕分けをすれば、短期的に何兆円もの財源が捻出でき、劇的に行政の効率がよくなるなどという宣伝文句が、ときに使われていたとすれば、これはミスリードといわざるをえません(事業仕分けの運営に実際に深く携わっている人ほど、そんな夢のようなことはいっていませんでしたが)。事業仕分けは、民主党への政権交代後に鳴り物入りで始まってしまっただけに、その政治ショーとしての側面が強調されすぎ、やや過剰な宣伝が行われた結果でしょう。
民主党政権としては、当初、予算の組み替えにより十何兆円もの予算を捻出するつもりであったのかもしれませんが、少なくとも、それを事業仕分けの直接的効果として実現するのは、その本来的な機能からして無理があります。事業仕分けは個別事業の要否や実施内容の適否について議論する場ですから、予算の枠組みそのものを事業仕分け自体の結論として大幅に変えることはできないのです。
もちろん、事業仕分けの結果として、各事業の費用対効果が相当程度明らかになれば、その成果を利用して、より効果的な事業に予算全体の枠組みをシフトさせるという“政治判断”が可能になりますが、これはあくまで仕分け結果を活用した政治判断であって、事業仕分け自体が予算の組み替えを実現させるものではありません。
「じゃあ、大胆な政治判断をして予算を組みかえればよかったではないか」という批判が次に予想されるところですが、残念ながら、現在の国の予算執行状況は“各事業の費用対効果が比較検討できる”という、大胆な予算組み替えを政治決断として行なうための基礎的な前提条件を欠いています。
この状況で、無理やり大胆な予算の組み替えをしようとすれば、適切な選択と集中を行なうための評価軸がありませんから、結局のところ、有権者受けのするバラマキ政策にシフトせざるをえなくなります。さらにいえば、バラマキをする(金をよりたくさん使う)政治決断はできても、費用対効果の低い補助事業などの既得権者に、既得権を放棄してもらうという政治決断は、現実問題としてなかなかできません。とくに、現時点では当該既得権型事業の「費用対効果が低い」ということが、必ずしも定量的に明らかとなり白日のもとにさらされているわけではありませんから、利権団体から圧力をかけられた際に、それを跳ね返すことはそうとう難しいでしょう。
このように考えると、民主党政権が、通常の民主的なプロセスに従って、これまでの利権型事業構造をあらため、予算の抜本的な組み替えを短期的に行うということは、そもそも大変困難な道のりだったといえるでしょう。一方、強いリーダーシップの名のもとに、官邸サイドが独裁的に予算の組み替えを行なう強権を振るうという方針も、論理的には考えられますが、現実的にそれが正しいのかといえば疑問です。
つまり、身も蓋も無い言い方ですが、抜本的な予算の組み替えを実現するには、ある程度時間がかかるということを、われわれは正面から認めるべき時期に来ているということです(時間さえかければ民主党政権が抜本的な行政事業の再構築を実現できるか、という問題は、制度問題ではなく政権選択の問題なので、ここでは置くことにします)。少なくとも、事業仕分けをすれば短期的に兆単位の財源が出てくるなどということはありえません。
『Voice』本誌でも論じたとおり、事業仕分けの本質的な機能は、短期的に兆単位の財源をねん出することにあるのではなく、むしろ、行政事業の費用対効果を検証し“可視化”することにより、適切な選択と集中を実現するための前提条件を整えることにあります。予算捻出の劇薬というよりは、むしろ行政事業の体質改善を図る“漢方薬”です。
民主的なプロセスにおいて、予算の抜本的組み替えを実現するためには、各事業が“国民の税金を用いて行うものとして適切か”を評価する必要があります。そして、そのためには各事業の費用対効果が事業仕分けによって検証されていることが必要条件です。
事業仕分けは、予算の抜本的組み替え自体を直接実現することはできなくても、個別の事業に対して、その費用対効果を明らかにし、事業の要否や実施主体・運営方法の適否を検証するのには、非常に向いた仕組みです。ですから、事業仕分けの結果が積み上がっていくことにより、政府として、国民への説明責任を果たしながら、事業の“選択と集中”を進め、行政効率を向上していくことが、初めて可能となるのです。
これは、事業仕分けに対する世の中の一般的イメージとはずいぶん離れた地味な機能・効能ですが、中長期的にみれば、これこそがきわめて重要です。
なぜなら、行政事業の費用対効果が検証されていて初めて、政治主導の選択と集中が、抜本的に進められるからです。したがって、事業仕分けの効果については、むしろ今後、持続的な行政改善につながっていくかという視点から、厳しく検証する必要があるといえるでしょう。
再仕分け対象事業に問題があるのは当たり前
次に「再仕分けをしなければいけないこと自体が事業仕分けに実効性がないせいだ」という批判に対しては、まず、事業仕分けの実施主体の側が、多くの再仕分けの対象とならなかった事業については見直しの効果が上がりつつあることを、きちんと説明する必要があるでしょう。再仕分けは、一度目の仕分けの結論が十分に反映されていなかったり、看板の架け替えがあったりする問題事業をとくに抽出して実施されていますから、再仕分け対象事業だけをみて、仕分けに効果がないという判断をするのは早計です。
また、そもそも過去から長年続いてきた仕分け対象となるような行政事業は、既得権者である受益者や、事業委託などにより利権の恩恵になっているファミリー法人等が多層的に取り巻いており、さらに、分配による政治権力を有する議員(いわゆる族議員)が介在して強固に組み上げられています。したがって、一度事業仕分けをしただけで利権構造のすべてをあらためることなど、できるはずがないのです。
したがって、事業仕分けは、事業の費用対効果を継続的に検証し、行政効率が改善されていく構造が確認されるまで、何度も繰り返し実施してはじめて、実効的な変革につながる作業だと考えます。
ずいぶん気の長い話のように思われるかもしれませんが、とくに悪質な事業を除く、8割方の事業では、何回か事業仕分けを継続することによって、はっきりと効果が判る程度に事業構造が改善するのではないか、というのが仕分け人としての私の実感です。
毎回の事業仕分けの議論において、「当該事業がどれほど高尚な大義名分の立つものであっても、国民の税金をその原資とし、高尚な大義名分に賛同する人だけでなくすべての国民から徴税している以上、絶対に費用対効果の検証が必要である」という指摘が、私を含む複数の仕分け人から繰り返しなされており、担当者官僚各位の意識も少しずつ変わりつつあります。
事業仕分けによる行政効率の向上という効果は、漢方薬のようにジワジワと効いてくるものですから、すぐに何兆円という効果は現れません。しかし、本誌で「レセプトチェック事業」をとり上げたように、現実に過去の仕分け対象事業で今回対象にならなかった複数の事業において、事前ヒアリングの時点で改善の報告がなされていましたし、公営ギャンブルなどの再仕分け対象事業についても、いまだ不十分とはいえ、見直しが始まっています。
仕分けの対象となった事業について、継続的に見直し内容をチェックし、1~2年程度の見直し期間を経過しても十分な改善が為されない事業については、その時点で再度廃止を迫り、行政刷新会議議長たる総理大臣の名において事実上の強制力を有する廃止勧告を行なうという枠組みを導入すれば、見直し作業を後押しすることができるでしょう。
<(2)につづく>