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“スピード”だけで成功する時代が終わる? 変化せずに生存する「生きた化石」戦略

稲垣栄洋(生物学者・植物学者)

2020年11月26日 公開 2024年12月16日 更新

生物は気の遠くなるような長い時間、生存を賭けた進化と淘汰を繰り返し続けている。それはリアルタイムでも進行中だ。しかし、絶えず“変化し続けること”だけが生存戦略として正しいのだろうか。

静岡大学農学部教授で生物学者の稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)氏は、そのプロセスにおいて、変化しないことが最高の進化になる場合もあると語る。

本稿では、稲垣栄洋氏の新著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』より、ナマケモノを代表とする「生きた化石」と呼ばれる生物の“変化しない戦略”にまつわる一節を紹介する。

※本稿は稲垣栄洋著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

ナマケモノは“コスト”をかけないことで生き延びてきた

世の中は、スピード時代である。生物の世界は競争社会だ。早く大きくなったものが有利になり、早く分布を広げたものが独占していく。 しかし、本当にスピードがすべてなのだろうか。

ネズミは呼吸数が多い。その代わり寿命もごく短い。つまり「生き急いでいる」のだ。 対照的な戦略もある。ナマケモノである。その名も「怠け者」と名付けられたこの動物はとにかく動かない。

行動はのろく、ゆっくりゆっくり移動していく。 しかし、ナマケモノもオンリー1のナンバー1であるはずである。 じつは、ナマケモノは動かないナンバー1である。

ナマケモノの暮らす森林では、さまざまな天敵がいる。それらの天敵は動体視力に優れ、少しでも動くものは獲物として捉える。 その天敵の目に「動かないもの」として映ることで、ナマケモノは天敵の目を逃れている のである。

他の動物が動き回っているから、動かないことがオリジナリティとなる。まさに、逆転の発想だ。ゆっくりと動いているから、ナマケモノはエサを食べるのにも時間がかかる。たくさんのエサを食べることができない。

しかし、動きの遅いナマケモノは、たくさんのエサを必要としない。しかも、走ることもなく動かないのだから、代謝も低くていい。 まさに最低限の生命活動で、エコな生き方をしているのである。 

 

あえて進化をしてこなかった「生きた化石」たち

昔かたぎな人は、よく「生きた化石」と揶揄される。 「古い時代のまま進歩がない」という意味なのである。 しかし、昔のままではいけないのだろうか。 さまざまな生き物が進化のレースを競い合っている中で、そのレースから置き去りにされたかのような生きた化石と呼ばれる生き物がいる。 

サメも、生きた化石である。 シーラカンスは四億年前のデボン紀の化石で発見されていたが、現在でも生き残っていることが確認されたものである。

サメやシーラカンスは、深海という独特なニッチを手に入れた。そして、競争や環境の 変化を避けて生きながらえてきたのである。 古代の三葉虫を思わせる姿をしたカブトガニも2億年前から姿を変えていないとされる 生きた化石である。

カブトガニは、海でもなく陸でもない沿岸部の干潟という場所をニッチにしている。この絶妙なニッチが、カブトガニの生存を保証してきたのだ。 これらの生物は何億年もの間、ほとんど進化することもなく、昔のままの姿で生きていたのである。

しかし、彼らは時代遅れの古い存在なのだろうか。 どんなに古臭い形であっても、現在、存在しているということは、それらが激しい生存競争を生き抜いてきた勝者であることを意味している。

変化する必要がなければ、変化しなくても良いのである。「進化」というと大きく変化することに目を奪われがちである。今のスタイルがベストであるとすれば、変化しないことが最高の進化になるのである。

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生きた化石の「老舗戦略」

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