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津波に5万冊の本を奪われた釜石の「まちの本屋」…“復活”のその後

田口幹人

2021年03月15日 公開 2024年12月16日 更新

 

繋がりを生んだ、釜石駅前の“仮設店舗”

3月中に釜石駅前に事務所を借り、4月から従業員と共に顧客整理の業務を始めること2か月、6月の上旬に本の仕入れを再開し、配達業務をスタートした。最初に配達したのは、岩手のタウン情報誌『月刊アキュート』だったことを今でも覚えているという。

同年11月には、プレハブの仮設店舗「青葉公園商店街」内に、小さな店舗を構えた営業再開までこぎ着けた。震災復興で釜石市を訪れた多くの方々や、出版社、知人の手助けを得て、続けることができたと振り返る。小さな店だったが、あの仮説店舗はたくさんの人たちとの繋がりを与えてくれた。

仮設店舗時代印象に残っているエピソードとして、『遺体―震災、津波の果てに―』の著者である石井公太氏との交流を聞かせていただいた。

『遺体』は、40000人が住む釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1100人もの犠牲を出し、各施設を瞬く間に埋め尽くす、戦時にもなかった未曾有の遺体を遺した。次々と直面する顔見知りの「遺体」に立ちすくみつつも、人々はどう弔いを成していったのかをテーマとした、遺体安置所をめぐる極限状態に迫る、壮絶なるルポルタージュである。

読んだ桑畑氏は、石井氏にメールし、仮設店舗の側の復興ハウスに来ていただき、イベントを開催したことを強烈に覚えているという。

かつて、店舗の2階部分をイベントホールとして地域に開放し、地域コミュニティの場として書店を活用してもらうことに積極的に取り組んできた桑畑氏にとって、同じように、仮設店舗「桑畑書店」も本と地域の接点の役割と考えていたのだろう。

本当に多くの方々と出会い、繋がることができた時期だったし、その繋がりが今の新しい店の力になっているし、現在継続して展開しているイベントの支えになっていると感じていると話されていた。

 

震災から10年、“震災関連本”への関心は…

震災から10年、近隣市町村に比べても人口減少や、購買意欲の多い子育て世代の減少が顕著に進んでいるという実感があるという。

震災前の店舗との規模の違いで、かつてのように在庫を取りそろえることが出来ず、近隣の大型店にお客様の多くが流れていったことは致し方ないと感じつつも、桑畑書店を頼りにしてくれるお客様がいることと、今度はどんなイベントを組もうか、売上をどのように上げていこうか、悩みながら本屋を続けていけたらそれでいいと話されていた。

柚月裕子さん、沢村鐵さん、大村友貴美さんなど、郷土出身の作家さんは、やはり地元で応援したいし、地元から発信したい。新刊が出るたびに、どんなイベントにしようか考えているのですよと話されていたのが印象的だった。

震災直後、多くの震災関連本が出版され、被災地でも大きく部数を伸ばしたものが多かったが、近年の震災関連本についての売行きについてはどうなのか。桑畑書店でも、年々震災関連本の動きは鈍くなっていたという。

関心が薄れてきたということもあると思うが、この一年はそれが顕著だったと。震災関連の本を購入するのは、市街から釜石市を訪れたお客様が圧倒的に多く、コロナ禍の影響が大きかったそうだ。

 

当事者以外の人ができる“覚悟”

震災から10年という節目の年ということもあり、あたらしく出版された写真集などは、予想以上に売れているそうだ。これまでの復旧・復興の足跡を、写真集を見ながら振り返る方が多いのでしょうが、我々は今を生きていかないといけない。

震災から10年は節目であるが、通過点でしかない。これまでお世話になった方々との繋がりを大切にしつつ、これからもアンテナを張り続け、釜石のまちで本の発信拠点を続けていけたらという桑畑氏の言葉が強く印象に残る。

東日本大震災、あまりに多くの当事者がいた。生き残った多くの方々が、自分を責め、自分が生きている意味を考えた出来事だった気がする。被災地では特に。

当事者でない者にとって、一つの事故や事件は、次々と起こる新しい出来事に覆い隠され消費されてゆく。しかし、当事者達の苦しみは果てしなく続く。

当事者ではない私たちが出来ることは何だろうか。それは、見守り続ける覚悟をすることなのではないだろうか。記録として、そして記憶を呼び戻すものとして、あの時の出来事が多くの本としてまとめられ、出版されている。

今年に入り、震災関連の本を読む機会が増えた。「思い出す」と「忘れていない」ことの違いを、多くの本から教えられた3か月だった。今は足を運ぶことが難しいが、コロナが落ち着いたら、また桑畑氏のお店を訪ねたい。

 

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