野村克也氏の考える最強捕手「甲斐拓也もすごいが、やっぱり…」
2020年03月12日 公開 2021年08月13日 更新
(撮影:荒川雅臣)
名選手にして、名監督。日本プロ野球きっての"アイデアマン"でもあり、多くの著書を著した”作家”とも。多くの人々に親しまれた野村克也氏の逝去の報に、日本が驚きと悲しみに包まれた。
その野村氏が旅立つ直前に上梓した書『リーダーとして覚えておいてほしいこと』では、野村克也氏が捕手についての思いを静かに熱く語っている。本稿では、同書よりその一節を紹介する。
※本稿は野村克也著『リーダーとして覚えておいてほしいこと』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです
30年間のプロ野球生活のなかで、そのスローイングはナンバーワン
私がヤクルト監督に就任した89年秋、ドラフト会議前の片岡宏雄スカウト部長との会話だ。
「いい捕手がいますが、メガネをかけています。視力の面でナイトゲームは不利かもしれません」
「キャッチャーマスクをかぶるときにメガネは邪魔だしな。だが、今はコンタクトレンズも普及した」
「打撃は非力です」
「捕手と遊撃手は守備が一番。打撃は二の次でいいから目をつぶろう」
いざ入団してみると、古田敦也(ヤクルト)は、眼球に凹凸があって、コンタクトレンズ装着は無理だった。
それがどうだ。古田は私のそれまでの30年間のプロ野球生活の中で、捕手としてのスローイングはNo.1だった。
盗塁阻止率4割で強肩と言われる中、古田は106試合出場、盗塁企図55、刺殺29、盗塁阻止率.527。プロ1年目にしてゴールデングラブ賞を獲得したのは捕手で初めての快挙だった。
プロ2年目の91年オールスターゲーム第1戦で1試合3盗塁刺(オリックス・松永浩美=85年盗塁王、日本ハム・白井一幸=89年38盗塁、西武・秋山幸二=90年盗塁王)。
93年は6割を超える驚異的な盗塁阻止率をマーク(93年盗塁企図45、刺殺29、阻止率・644)。「異色の強肩メガネ捕手」と呼ばれた。
古田自身は盗塁阻止のコツをこう話す。
「僕は、遠投100メートル。捕手の平均レベル以下の肩です。でも、捕手の投げる最長距離はダイヤモンドの対角線ですから、捕ってから投げるまでの時間を短くすればいい。強肩でないと走者を刺せないということはありません」
投球を捕球してから送球、二塁手に届くまで約1.8秒。古田は現役18年間で、走者の通算盗塁企図926、阻止率.462。年間平均51度走られて24回刺した計算だ。
(参考/横浜→中日・谷繁元信=現役27年=の通算盗塁企図1634、阻止率.368。年間平均61度走られて22回刺した計算。巨人・阿部慎之助= 現役19年= の通算盗塁企画1000、阻止率.348。年間平均53度走られて18回刺した計算)
2018年の日本シリーズで甲斐拓也(ソフトバンク)は広島の俊足走者を6連続で刺してMVPを獲得した。
しかし、古田はもっと凄かった。課題だと言われた打撃も通算2000安打をマーク。
あのとき「メガネをかけている捕手だからダメだ」という固定観念や先入観で古田をドラフト指名しないで、古田がヤクルト以外の別のチームに入団していたら、日本プロ野球の歴史は間違いなく変わっていた。そんなエピソードである。
固定観念と先入観だけで結論を出し、物事を吟味しないで決めてしまうと、大事なものを失うこともある。まさに固定観念は悪、先入観は罪だ。