伝播する無意識の偏見
「ところでイギリス人はガーナ人についてどんなレイシズムの考え方をもっている?」ぼくは尋ねた。
ガーナ人の学生はぽかんとした表情を浮かべてから、「知らないよ」と答えた。
「いや、知ってるはずだ。なんでもいいから例をあげてみて」
彼はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。さっき熱く自説を語っていたときよりも、ゆっくりと、神経質そうに。この会話がどこに向かっているのか、いぶかしく感じているようだった。学生は、イギリス人のガーナ人に対するレイシズム的な考えをいくつかあげた。
「その考えは本当だと思う?」ぼくは尋ねた。「イギリス人はガーナ人よりも優れている?」
「そんなわけないさ!」彼は誇らしげに言った。
ぼくも誇らしかった。彼が自分の民族集団についてのレイシズムを内面化していなかったからだ。彼は、ガーナ人を低く見るレイシズムを内面に取り込んでいなかったし、自分を卑下してもいなかった。
「もしアフリカ系アメリカ人が、ガーナ人に関するイギリス人のレイシズムの考え方を真似て同じことを言ったら、きみは自国の人を守る?」
「もちろん。だって、それは事実じゃない!」
「きみのアフリカ系アメリカ人についての考えは、だれから得たもの?」
彼は考えた。「周りの家族や友人。それと、自分自身が目にしたことから」
「では、そのきみの周りのガーナ系アメリカ人は、アフリカ系アメリカ人についての考えをだれから得たと思う?」
彼はさっきよりも長い時間をかけて考えていたが、別の学生がぼくに話しかけるのを待っているのに気づいて横目でちらりと見ると、急いで答えを返そうとした――講義中に長々と演説せずにいられなかったわりには、礼儀正しい面もある若者だった。
ぼくは彼を急かさなかった。
「おそらくアメリカの白人から」そう言って、ガーナの学生は初めてぼくの目をまっすぐに見た。
彼の心が開いたと思った。ぼくはすかさず言った。
「じゃあ、もしガーナを訪れ、ガーナ人についてのイギリス人のレイシズムの考え方に感化されたアフリカ系アメリカ人から、同じようなことを言われたとしたら、きみの国の人たちはどう思う? きみはそれについてどう思う?」
意外にも、彼は微笑んだ。「わかったよ」そう言って背を向け、廊下に向かって歩きはじめた。
「もういいのか?」ぼくは彼の背中に向かって大きな声で言った。
彼はふりかえった。「うん。ありがとう、教授」
自分の偽善を反省する彼の態度はすばらしいと思った。
ぼく自身も、かつて同じような考えを抱いていたことがあった。
レイシズム思想は、自分のいる集団がヒエラルキーの上だろうが下だろうが、じつは同じことだ。だが、このダブルスタンダードにおちいっている人は、いま喜んで食べている料理が、じつは同じレストランで同じ料理人が同じ材料でつくっている、社会の全員にとって"下劣なしろもの"だということに気づいていない。