ミーがいてくれたから
そんな平和な一家の生活が暗転したのは、ミーがやってきて1年たとうとする頃。
夫に、ステージ4のすい臓がんが見つかった。
つらい抗がん剤治療をしながら、入退院を繰り返した10か月。夫は、どうしようもない苛立ちを、ときに、娘やミーにぶつけることもあった。それでも、大好きなお父さんの最後の日々に、ミーはそっと寄りそった。
夫が旅立ったとき、娘はまだ高校生だった。ふたりで、いったいどうやって生きていこう……。心細くて、不安で、まるで先が見えなかった。
あの絶望の日々を乗り越え、今こうしてお店を続けていられるのは、ミーがいてくれたからと、和子さんは振り返る。
「猫が1匹、家の中にいるだけで、ただそれだけなんだけど、家の中を明るくしてくれたんです」
あるとき、客の一人が和子さんに聞いた。
「ミーちゃんって、和子さんにとって娘みたいなもの?」
和子さんは明快に答えた。
「ミーは、同志かな。一緒に人生を乗り越え、歩んでいく同志!」
ミーに元気をもらう人たち
お店は10時にオープンだ。ミーは、開店前の忙しいときに限って甘えてくる。片手間に撫でようものなら、「気持ちが入ってない!」とばかり、猫パンチが飛んでくる。
「ミーちゃん、お母さんはミーちゃんのご飯代やトイレの砂代を稼ぐために働いてるんだよ」
そう言い聞かせても、素知らぬ顔だ。
社会人になった娘はこう言う。「お母さんはミーちゃんにとってもやさしく話しかけるけど、お客さんにもその話し方をするといいと思うよ」
サバサバな和子さんの接待と、コーヒーの味に惹かれて、きょうも、客がふらりと入ってくる。「ミーちゃんは元気にしてる?」と聞く人も多い。
閉店してドアが閉まっても、この店はシャッターを下ろさない。夕暮れ、深夜、明け方、朝の通勤時。ミーは、気が向いた時間に、ガラス越しの町の景色を楽しむ
「ミーちゃん、ただいま。きょうは暑かったね」
「ミーちゃん、まだ起きてたの。もうおやすみ」
「おはよう、ミーちゃん。行ってきまーす」
ガラス越しにミーに元気をもらっている人がたくさんいるのを、和子さんは知っている。こわもてのおじさんがミーに目尻を下げて話しかけているのを目撃したこともある。
小さな店だけど、まだまだこの駅前でがんばりたいと、和子さんは思う。同志ミーとともに。ミーは、ただそこにいてくれるだけでいい。