心にしまい込んだ感情を受け止めること
相続や遺品整理などが一段落した頃、グリーフケアの勉強会で、昭和大学大学院准教授として教育に携わり、病気の子どもたちを励ます赤鼻姿のホスピタル・クラウン(道化師)として活躍している副島賢和さんとご一緒することになりました。
いつものように大学の構内に残って、たわいもないおしゃべりをしていました。
「そえじ先生、あのね」
「ミシュカの森」に何度も登壇してくださった副島さんを、私は愛称のそえじ先生と呼ぶようになっていました。今まで心の中にしまいこんでいた母との出来事が、ふと口をついて出てきたのです。
「私、母のことを怒鳴りつけちゃったことがあるの」
今まで誰にも言わなかった、母の礼くんに対する言葉を伝え、反射的に母を怒鳴りつけてしまったあの出来事を話したのです。
それまで静かに聴いていた副島さんが最後に、「今、杏さんはどんな気持ち?」と私に尋ねてくれました。
今?今の私はどんな気持ちだろう?
私は、副島さんの問いにちょっと驚きました。自分の気持ちより、まず母のことを悪く言うなんて、私のことを副島さんはどう思っただろうと、それが気になっていたからです。
「そえじ先生は、母の悪口をいうなんて、私のこと、ひどい娘だと思ったでしょ?」と聞き返した私に「ううん、大変だったねぇ……腹が立ったのね。お母さんのことを話すのはとても勇気が要ることだったでしょう?」と返してくれました。
そうだ、私は母への怒りに蓋をしていたのだ。あの日から数年以上もの歳月、ずっと心にしまわれていた感情。
母から「こうあってほしい」と、懇願ともいえる求めを受けて、私はそれに精一杯応えてきた、子どもの頃からずっと一生懸命応えてきたつもりでした。
母の想いに応えられないと、母に嫌われるんじゃないかという気持ちがあったから。案の定、にいなちゃんと違って、出来が悪いように見えた礼くんに「あの子は亡くなっても仕方がなかった……」そんなふうに言い放った母。
「お母さんに対してどんな気持ちだったの」と重ねて尋ねられたとき、「腹が立ったけど、それ以上にとても悲しかった……」と伝えた私に、副島さんは「悲しかったんだね」と私の感情をしっかりと受け止めてくれたのです。