犯人が着ていたのは...
それから数日経ち、竹内さんが事務所に血相を変えて飛び込んで来られました。
「私の着物を着ている犯人がわかりました!」
寮母が「誰が盗ったの?」と聞くと、名前はわからないが顔ならわかると、興奮した様子で訴えられます。入居者一同が集まる夕食時を待って、竹内さんが食堂で「あ、あ、あの人!」と震えながら指さす先を見ると、あろうことか入居者の男性でした。「あの人が犯人です!」と断定されます。
寮母はさすがに、「男性が女性の着物着るはずないやん!」と思わず口走ってしまいました。
確かに、竹内さんがなくなったと言う赤い着物に色は似ていますが、男性入居者が着ていたのは赤いカーディガンでした。寮母は、とりあえず「おいしい夕食ができてるので、食べましょ!」と竹内さんを席に誘導しました。
そして赤いカーディガンを着ていた男性入居者には事情を説明して、その後赤いカーディガンを着ないようにしてもらうことによって、竹内さんの犯人騒動は落ち着きました。
「それは大変ですね」が正解
物盗られ妄想とは、認知症で起きやすい被害妄想の1つで、大事な物を盗られたと訴える症状です。
認知症でなくとも、高齢になると「置き忘れ」をすることがありますが、その場合は「自分が置き忘れた」という自覚があります。
ところが、認知症の物盗られ妄想の場合は、自分がなくした自覚はありません。記憶障害によって置き忘れた事実を覚えていられないため、ほとんど探すこともなく「ない=盗まれた」と即断してしまうようです。
「あなたが盗った」と言われる場合もありますが、まずは肯定も否定もせず「それはたいへんですね」などと同意し、落ち着いて話を聞くことが大切です。
そして一緒に探してあげるとよいのですが、親切に見つけてあげてはいけません。あなたが犯人になってしまう恐れがあるからです。今回の事例のように、自身で見つけるように促しましょう。また、全く別のことに話題を変えてみるのも1つの手です。
【柴谷匡哉(しばたに・まさや)】1968年、大阪府八尾市生まれ。神戸大学大学院経済学研究科修了。元大阪府議会議員、税理士、行政書士。大阪府柏原市にある社会福祉法人明寿会において特別養護老人ホーム、ケアハウス、グループホームなどを運営。のみならず、自ら社会福祉士、介護福祉士、ケアマネージャーとして福祉介護の最前線で活動している。認知症予防をテーマにした講演会を約150回開催、のべ1万人以上が参加し好評を博す。筋トレ歴30年、ベンチプレスは140キロ。
なお、運営する特別養護老人ホームには、日本及びアジアで最高齢、世界で3番目の長寿である巽(たつみ)フサさん(115歳)が入居している。