自分1人では難しいと思っていることでも、2人で考えると乗り越えられることが多いもの。それは上司と部下の間でも同じだといえる。
らしさラボ代表の伊庭正康氏は、部下の悩みの9割は「聞くだけ」で解決する。そして、部下に考える機会を与えることができた時、多くの問題がおのずから解決していくと解説する。
部下から慕われる「聞き上手な上司」になるコツを聞いた。
※本稿は、伊庭正康著「できるリーダーは、「これ」しかやらない[聞き方・話し方編]」(PHP研究所)の中から、一部を抜粋し、編集したものです。
質問を通じて「部下の悩み」を解決
私が、ここで最も伝えたいことをお話しさせてください。部下の悩みの9割は「聞くだけ」で解決する、です。
さすがに「本当!?」と思われたかもしれません。そこで、以下「解決志向アプローチ」についてご説明させていただきます。
質問を通じて悩みを解決する「カウンセリング」のスキルです。もともとは、薬物中毒やアルコール中毒などの重篤な問題を扱う際のセラピーとして
開発されたもので、強力な効果が実証されており、今では日常の問題からビジネスの問題までに活用できる手法としても注目されています。
具体的には、質問によって、自分では難しいと思っていることでも、実はさまざまな「解決のリソース(支援・資源)」があることに気づくことで、解決への意欲を高め、よりよい解決策を見出していくというものです。
イメージしていただくために、以下、会話例を挙げます。人間関係で悩んだ時、上司からこんな質問をされたとイメージしてみてください。
「そういうことだったのですね。ちょっと、考えてみませんか?一体、何があれば、解決できるのでしょうか?」
↓
「確かにそうですね。私も同感です。では、さらに教えてください。解決に向けて経験を活かせるとすれば、どのような経験を活かせますか?」
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「確かにイメージできますね。より確実な解決に向けて質問させてください。あなたに協力してくれるとしたら、それは誰ですか?」
↓
「いいですね。他にはいませんか?」
↓
「教えていただき、ありがとうございます。では、進めましょう。今の問題が解決すれば、どのような状態が待っていますか?」
↓
「それは、あなたにとって価値のあることですか? (中略) それは、どんな価値ですか?」
↓
「あなたには、解決したい気力がありますか?」
↓
「何をすればいいと思いましたか?」
いかがでしょう。「解決の方法」だけではなく、「解決への意欲」までが引き出されるような気になりませんでしたか?
もちろん、すべての問題がこの流れでスムーズに解決するわけではありません。部下が答えることに抵抗感を持つこともあるでしょうし、解決まで発想が至らないこともあるでしょう。
ただ、上司がうまく介在し、部下に考える機会を与えることができた時、多くの問題がおのずから解決していくという経験を、私は何度もしてきました。やはり、部下だけでは気づけないことはたくさんあり、上司だからこそ気づけることは多いもの。
とはいえ、答えを言うのではなく、質問で気づきを与える。そんなコミュニケーションの手法を、紹介していきます。
適当に聞くくらいが「ちょうどいい」
聞くことがいかに大事かは、十分に理解できたことでしょう。でも、はたして自分が、「聞き上手」かどうか、気になるところではないでしょうか。実は、それをチェックする方法があります。
ここで紹介したいのが、「ロジャーズの原則」です。アメリカの心理学者、カール・ロジャーズが提唱した理論で、「傾聴」の要素は次の3つから成るという考え方です。
【ロジャーズの原則】
(1)「共感的理解」...相手の気持ちに立てる。
(2)「無条件の肯定的関心」...自分の価値観で判断しない。
(3)「自己一致」...心で思っていることと、言動が一致している。
一つひとつ説明するとともに、セルフチェック用の設問を作成しました。それをチェックすることで、自分の傾向がわかるはずです。
(1)共感的理解
相手の立場に立って、気持ちに共感しながら理解しようとする姿勢。単に「大変だね」「嬉しかったね」と言葉で言うことではなく、相手の気持ちに寄り添い、「その気持ち、わかる」と思いながら聞くこと。
【チェック】自分が知らないことで、かつ重要ではないことであっても、相手が嬉しそうに報告してくれた時は、素直に喜びを感じながら聞けるか。
(2)無条件の肯定的関心
相手の話を「良い・悪い」といった評価や、自分の価値観を加えずに、フラットな視点に立ち、関心を持って聞く姿勢。
【チェック】不愛想な部下に対しても、マイナスの感情を抱かず、素直に話を聞くことができるか。
(3)自己一致
心で思っていることと発言にギャップがなく、正直である様子。
【チェック】部下の話を理解できない時、理解しているフリをせず、遠慮せずに確認を入れるようにしているか。
いかがでしたか?これらのチェックに当てはまれば当てはまるほど、「聞き上手」だと言えるでしょう。
ただ、「自分はまったくチェックが入らなかった」という人も、頑張って聞き上手になろうとする必要はありません。というのも、自分の意見を横に置き、適当な姿勢で聞くのが「聞き上手」の鉄則だからです。
むろん、適当とは、無責任といった意味ではなく「適切な程度」のことですが、ともあれ、あまり頑張ろうとしないほうがいいということなのです。
この「適切な程度」を表すため、こんな表現を考えてみました。
マズい料理を食べた時、「マズい」と口にするのでもなく、自分を偽って「おいしい」と言うのでもなく、「自分はマズいと思っているけど、自分の舌が絶対ではないし......。人によって味覚は違うからなぁ」と思いながら、相手に「どう?」と聞いてみる。
その際、相手が「おいしい」と言えば、それはそれでOK。相手が「マズい」と言えば、それもOK。
いかにも「適当」な態度ですが、これでいいのです。部下の話を聞く際には、この適当さこそが良好な関係を築く重要な要素だと、私は確信しています。