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『経営理念の浸透』著者からのメッセージ

高尾義明(首都大学東京大学院教授),王英燕(広島市立大学准教授)

2012年07月20日 公開 2024年12月16日 更新

『経営理念の浸透』著者からのメッセージ

経営理念はどのように浸透し、個人にとってどのような意味をもつのか?理念浸透のメカニズムとその意義を明らかにした学術書、『経営理念の浸透 アイデンティティ・プロセスからの実証分析』の内容を著者が解説します。

※本稿は、高尾義明/王英燕著『経営理念の浸透 アイデンティティ・プロセスからの実証分析』(有斐閣)を一部抜粋・編集したものです。

 

従業員個人に宿る経営理念の浸透を探求
学界では研究が進んでいなかった理念浸透

経営理念の存在は企業の根幹に関わることであり、企業が長期的に存続・成長するためには、自社の経営理念が組織にしっかり浸透しているかが大きな鍵となる——この考え方は、実務の世界ではすでに一般的といえるでしょう。実際に多くの日本企業が経営理念を掲げ、その浸透を重要な経営課題として、さまざまな取り組みを組織的に行なっています。

実務界のそうした動向とは対照的に、経営学界では経営理念やその浸透について必ずしも盛んに研究されてきたわけではありませんでした。こうした企業の実状と研究との乖離を埋めなければならないのではないか。そうした問題意識から、私たちは経営理念浸透のダイナミズムについて学術的な見地から解明を図ってみようと思い立ちました。その成果が本書です。

業種・規模が違う五社での総回答者数2700名強というアンケート調査を実施し、図1のような構成で経営理念の浸透の複雑さやダイナミズムを検討しました。

 

理念浸透を3つの次元で考察

さて、理念の浸透といっても、まず“何をもって理念浸透とするべき”なのでしょうか。本書の第2章及び第3章でこの問題を考えています。

理念浸透の基準の1つとして、従業員が経営理念の文言を知っていることを挙げることができます。ただし、それだけで、理念が浸透しているといえるのでしょうか。理念の浸透を「浅い—深い」という一次元的な理解で判断するのは適切ではありません。本書では、理念の内容に情緒的にどう共感しているか(理念への情緒的共感)、どう認識・理解しているか(理念内容の認知的理解)、理念がどのように行動に影響を与えているか(理念を反映する行動的関与)という3つの次元で理念浸透を捉え、その検証を試みました。

 

経営トップより身近な上司の影響大

社員個人の内面における理念浸透は、他者から大きな影響をもたらします。本書の第4章では、組織内での自分以外の他者が理念浸透にどのような影響を与えるかについて分析しました。たとえば、経営トップや身近な上司の理念浸透が社員の理解にどのように影響しているか。調査した5社すべて、上司における理念浸透が、先の3つの次元すべてとポジティブな関係にありました。すなわち上司が理念を大切にしているかどうかが、部下の理念浸透に大きな影響を及ぼしていることがわかりました。

意外なことに、理念浸透でとりわけ重要とされてきた経営者の理念浸透との関係は、そこまで安定した関係が見られませんでした。経営者の理念浸透は理念への情緒的共感に対してはすべての企業で影響を及ぼしているものの、内容への理解や行動への反映には影響を及ぼしていない企業もありました。このような結果からは、上位の階層から順を追って行動への反映を促進する制度などを導入し、カスケード式(滝が流れるよう)に浸透を図っていくことが有効であることが示唆されます。

 

理念を受け止める側の従業員に焦点

本書の特徴を、2つ挙げておきます。

第一に、アイデンティティという観点から経営理念やその浸透の本質を捉えたことです。アイデンティティというのは、「私(たち)とは何者なのか?」という問いに対する答えです。まず、経営理念とは、企業体としてのアイデンティティにあたるべきものであると理解することができます。

もちろん、経営理念が本当に企業のアイデンティティとなるには、従業員への浸透が鍵となりますが、それについてもアイデンティティという観点から捉えることができます。すなわち、個々の従業員自身のアイデンティティに経営理念が取りこまれることではじめて、経営理念が真に浸透したことになるというのが本書の主張です。欧米で近年研究が盛んな「組織コンテクストのアイデンティティ理論」に依拠しながら、経営理念の浸透を捉える枠組みを提示しました。

第二の特徴は、従業員のアンケート調査に基づいて理念浸透の複雑さにアプローチしたことです。理念浸透がむずかしいことを指摘している著作は多数ありますが、なぜむずかしいのかについて検討を試みたものはほとんどありませんでした。多くの場合、経営者自身の姿勢次第であるという結論にとどまっています。もちろん、理念浸透には経営者のコミットメントが不可欠ですが、それがすべてではありません。本研究では、理念を体現すべき従業員が理念をどのように受け止めているのかに注目して、その解明を図りました。

本書は学術書の体裁を取っていますが、実践的な示唆についても極力述べています。従業員が理念に対して高い共感を維持し、より深いレベルで理解を向上させていけば、理念を反映した行動を喚起し、組織の活性化にもつながるはずです。このような理解で理念浸透施策をコーディネートすればいっそう効果をあげることができると思います。

学術的に関心をお持ちの方はもちろん、実務的な関心をお持ちの方にもぜひ、本書をご覧いただければと思います。

 

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