原ゆたかさんが明かす『かいけつゾロリ』の秘密「どんな子も最後まで読みたくなる」
2024年05月08日 公開
『かいけつゾロリ』シリーズは、今も昔も子どもたちに大人気の作品です。作者の原ゆたかさんは「読者が何をおもしろいと思ってくれるか、常に考えつづけている」と語ります。『かいけつゾロリ』のおもしろさの秘密とは? お話を聞きました。
(取材・文:髙松夕佳、写真:大靍円)
※本稿は、月刊誌『PHP』2024年4月号より、一部編集・抜粋したものです。
物語を読む子供たちをワクワクさせたい
キツネのゾロリとイノシシのイシシとノシシが冒険をくり広げる『かいけつゾロリ』シリーズは、1987年から年2冊ずつ刊行し、最新刊で74巻を数えました。描きつづけてこられたのは、小学生時代の楽しかった記憶が鮮明に残っているからです。
父親が転勤族だったため、熊本、東京、兵庫、愛知......と、何度も引っ越しと転校を経験しました。苦労したものの、方言を覚えたり、処世術を学びました。特に小学生のころは、漫画を描いてクラスで回し読みしてもらったり、学校の屋上で「東京オリンピックごっこ」をしたり、とにかく楽しかったですね。
一番熱中したのは、友達と2人で怪獣映画を撮ったこと。8ミリフィルムカメラを友達のお父さんに借り、こづかいをはたいて3分20秒のフィルムを買いました。友達の部屋の二段ベッドの一段目に砂や土を敷き詰めてジオラマを作り、撮影するのです。
火山の噴火とともに怪獣が現れるシーンを撮ったときには、紙粘土で作った火山に煙だけ出る花火を仕掛けました。でも、四畳半の部屋を閉めきっていたため煙が充満して、現像したフィルムには何も映っていなかったんです(笑)。
煙突が倒れるシーンでは、お線香を煙突に見立てて撮ってみたら、迫力ある映像になり、大成功でした。お金がないから、家にあるものを使って撮れる方法を、友達と話し合って試行錯誤するのが楽しかった。遊び方を工夫した経験は、追い詰められたゾロリがどう問題を解決するかを考えるのに役立っています。思いきり遊ばせてくれた親には感謝しかありません。
夢中でページをめくり、最後まで読みたくなる本を
一方、受験など学校が勉強中心になった中学以降、楽しい思い出はほとんどありません。高校卒業後は美大を目指し、受験に2度失敗しました。そのとき、美大を出るよりも絵を描いて出版社に見せたほうが仕事につながるのではないかという考えに至ったんです。
20代前半は、ガソリンスタンドで1カ月アルバイトをしては次の1カ月で絵を描きため、上京して出版社を回りました。少しずつ挿絵の仕事をもらえるようになり、物語を絵でもっとおもしろく演出しようと夢中になった結果、「絵で描くからこの文章は削れませんか」などと作家の領域にまで踏みこむようになっていきました。
『かいけつゾロリ』はもともと、私が挿絵を担当していたみづしま志穂さんの『ほうれんそうマン』シリーズに出てくる悪役でした。シリーズが休刊になった際、ポプラ社の編集者にゾロリを主役にして物語も書いてみてはと提案されて、『かいけつゾロリ』が生まれました。いざお話を書き始めてみて、ゼロから物語を生み出すことがいかに大変かを知ったのです。
当時「子供の活字離れ」が問題視されていましたが、私は違うと思っていました。分厚くて活字だらけの『コロコロコミック』にみんな夢中でしたし、メカ好きな子は小さな字で書かれた説明書も読むのです。読む読まないは、おもしろいかどうかだと考えました。
思えば、私も幼児期に読み聞かせてもらって本が好きでしたが、自分で読むようになったころ、「いい本だから」と先生や大人にすすめられて読むうちに、きらいになった時期がありました。
大人は、本を勉強として子供に読ませようとします。自分たちは気分転換や娯楽として小説を読んでいるのに。子供には「いい子になる」「知識が増える」など魂胆が透けて見える本ばかりすすめてくる。
見ていれば自然にお話がわかるテレビや映画と違い、本は自分で文字を追い、ページをめくるなど努力がいる。もともと本好きな子は、多少つまらないところがあっても次に行けるかもしれませんが、初めて読み通したのにつまらなかったら、本全部がつまらないものに思えて次の本を読もうとは思わないでしょう。
私は本の楽しさも、読む大変さも両方知っています。だからこそ、本に初めて出合う子供たちに、楽しさを体験してもらいたいのです。本は閉じられたら次に開いてもらうのは大変です。そこで、立ち読みでも最後まで読まずにいられなくなる本を作ろうと思いました。
そのために、今自分が小学生だったら読みたいというお話を考え、お話に沿って組みこめるメカの説明や迷路やクイズ、パノラマのイラストなど、自分が子供のころ好きだったことを詰めこみました。
絵の中に私の顔やゾロリママの絵を隠して描いたり、カバーの絵とカバーを外した表紙の絵を微妙に変えたりするのは、子供が貯めたおこづかいで買ってくれることを考えたからです。一度読んで終わりではなく、何度か見ているうちに隠し絵を見つけたときの高揚感やたくさんの仕掛けがあるお得感も味わってほしいのです。
意図してはいませんでしたが、自閉症のお子さんが、見つけた隠し絵をお母さんに伝えたくて話しかけてきたり、多動症のお子さんがゾロリを読んでいるときだけはじっと集中していたりというお手紙をいただくこともあります。「楽しさ」の力を感じています。
シリーズを描き始めた当初参考にしたのは、スピルバーグ監督の映画「インディ・ジョーンズ」シリーズです。クライマックスは作品に1つという当時の常識に反し、クライマックスの連続で、2時間があっというまでした。
本にも使える仕組みだと思い、山あり谷あり、試練をいくつも作り、読者を安心させないようにした上で、最初に置いた布石が最後に生きてくる驚きも入れました。さらに、「すると」「そして」「ところが」などをページの最後に置き、つられてページをめくるうちに、いつのまにか1冊読み終えてしまうような工夫をしたのです。
子供のころから本、漫画、ドラマ、映画、落語などたくさんの作品を見聞きしていたので、「あのお話とあの映画を子供向けに考えてみよう」などと考えて話が生まれ、30巻くらいまでは苦労しませんでした。
最近は、一作描き終えるとへとへとです。次のお話の参考のために話題の映画やドラマを夜な夜なチェックし、細かく分析しています。物語がどう組み立てられ、ワクワクしてもらえるものは何なのかを学びたいですし、自分が描いているものが本当におもしろいのか、人気作品の仕組みと照らし合わせて安心したいのです。
近年のヒットは韓国ドラマ「愛の不時着」です。何度も見返していると、過去の細かいセリフが後々効いていて、無駄なシーンが1つもないことに気がつきます。特に感心したのは、最終回でそれまで登場した脇役たちがみんな幸せになっていたこと。
自分がゾロリで脇役キャラをぞんざいに扱っていたような気がして反省しました。今後、昔出したキャラたちを再びゾロリに会わせて、彼らの人生もできるだけ幸せにしてあげたいです。
子供の「好き」を否定しない
「男はつらいよ」シリーズが好きでした。何度フラれてもめげない「寅さん」のキャラクターは、ゾロリにも反映しています。ゾロリも自分の夢が叶わなくても、「次こそは」と旅立ちます。落ちこんだままでいたら、そこで終わってしまう。実際に生きている私たちもうまくいかないことのほうがずっと多い。どう乗り越えて生きていくかが人生だと思うんです。
そうした思いをこめて描いてきましたが、吹き出しがあって漫画みたいだとか、オナラが下品だとか、おやじギャグはくだらないとか、大人から批判もされました。でも、大人は飽きていても、子供にとってオナラは体の不思議な現象で、おやじギャグは初めて出合う言葉遊びです。そして、ゾロリたちのオナラは解決に必要なものとしてしか描いていません。
子供向けの娯楽作品でも戦うものばかりが目につきますが、ゾロリには武器で戦わせたくありませんでした。そこで、おやじギャグで凍らせたり、オナラで吹き飛ばしたりして解決していくようにしたのです。下品かもしれませんが、私なりの平和的な解決方法なのです。
36年間描きつづけてきたので、初期にゾロリを読んだ方が親になり、自然と子供と同じ目線に立ってくれることがあります。「ゾロリなんかくだらない。これを読んだら?」と否定されるより、「私はゾロリを楽しんだあと、江戸川乱歩に夢中になったよ」と言われれば、感性が似ている人のすすめる本ならおもしろいかもと手にとってくれるのではないでしょうか。
親子の距離も縮まる息抜きになる作品であってほしい。80巻までは続けたいので、シリーズをどう締めくくるかも考えはじめています。寅さんのように、みんなの心の中でゾロリたちが永遠に旅をしてくれるような結末になればと思っています。
【原ゆたか】
1953年、熊本県生まれ。’74年、KFSコンテスト・講談社児童図書部門賞受賞。’87年から『かいけつゾロリ』シリーズ(ポプラ社)を刊行。2022年、同シリーズが「同一作者によって物語とイラストが執筆された単一児童書シリーズの最多巻数」としてギネス世界記録™に認定される。累計発行部数は3500万部を超え、現在は74巻まで刊行。