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「お金をもっと残せばよかった」はあまり聞かない? 老後の蓄えは本当に必要か

和田秀樹(精神科医)

2025年04月03日 公開

「お金をもっと残せばよかった」はあまり聞かない? 老後の蓄えは本当に必要か

50代のうちにがんばれば、60歳以降にそれなりのポストを得られる可能性はあります。うまく昇進できて会社に残れた、外部の会社から声がかかったなど今までの仕事の延長線上の立場で働けることは悪いことではありません。

ただ、それも有限であることを忘れてはいけません。自営業でなければ、ある年齢がくれば、その地位を去らないといけないのです。一昔前ならば、70歳くらいまでそのポストにとどまって、引退すれば楽しい余生を過ごせましたが、今の時代は、その後の人生が長すぎるのです。

※本稿は、和田秀樹著『50歳からのチャンスを広げる「自分軸」』(日東書院本社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

自分の人生に自分で決断を下すときが来ている

厚生労働省の「簡易生命表(令和5年)」によると、現在60歳の方の平均余命は、男性は約24年、女性は約29年です。70歳まで、運よく肩書を得られたとしても、男性で約14年、女性は約19年、残りの人生が待っています。

私は現役時代に少しでも高い社会的肩書を得ようと頑張る姿勢を否定しているわけではありません。誰かがそのような形で頑張らないと社会が成り立たないのも事実です。

ただ、これからはAIや人間以上の能力を有するロボットの時代が本格到来します。誰もが出世や肩書を得るためにあくせく苦闘する必要性は薄れます。それよりも、いつかは肩書を外さないといけないという覚悟を持って長い人生で何ができるかを考える。その準備が50代こそ必要です。

もちろん、それは決して楽な道のりではありません。これまでの常識を捨てる必要もあります。なぜなら、会社にしばられる(本人はしばられていると自覚していないことが多いのですが)生き方は意外に楽だからです。

それらから離れ、新しい生き方をするなんて想像が付かないかもしれません。しかし50代となって、人生の折り返し地点に立つということは、自分の人生を自分で決められるチャンスと考えたらどうでしょうか。自分の人生に自分で決断を下し、行動することで、かえって自由を手に入れられるのです。

 

よく聞くのは「死ぬまでに、楽しい思い出をもっと残しておきたかった」という声

ここまで仕事について話をしてきましたが、「仕事をすること=お金を稼ぐ」ことでもあるので、ここで少しお金の話もしておきましょう。

日本人は昔から、稼いだお金は使うよりも貯蓄に回すことを美徳としてきました。将来への備えを重視し、目先の欲望は我慢する。倹約と節約の精神は、日本人の生活様式に深く根付いています。

確かに、将来への備えは大切ですが、ケチケチして貯める必要はありません。人生100年時代を見据えたとき、大切なのは「心の豊かさ」を追求することです。資産を増やし、経済的な安定を得ることは大切ですが、肝心なのは、そのお金をどう使うか。今を充実して生きるために、お金を使うべきでしょう。

私は老年医学を長い間やっていて気がついたことがあります。歳を取るほど、人間は意外とお金を使わない、いや、使えないのです。人間は歳を重ねれば、ヨボヨボになったり、寝たきりになったり、あるいは認知症がひどくなったりします。その頃には、家のローンも払い終わって、子どもも独立して、教育費もかからなくなっているので、経済的に余裕ができているはずです。

ところが、認知症が進んだり寝たきりになったりしたら、旅行に行ったり高級レストランで食事をしたりする機会は、まずありません。年金が支払われている人であれば、十分にそれで生活できます。病気になって入院することになっても国の保険制度を使えば支出はさほどかかりません。

要介護状態や認知症になって特別養護老人ホームに入るのも、個室に入っても介護保険があるので、通常、年金の範囲で賄えます。

その時はじめて、「一生懸命に節約して頑張って貯金なんかしなくてよかったな、損したな」という気分になるのです。使おうと思っても使えないのです。つまり、老後の蓄えなどみなさんが心配するほど必要ないのです。

人生の最終段階にある人からよく聞くのは、「死ぬまでに、楽しい思い出をもっと残しておきたかった」という声です。「お金をもっと残せばよかった」という声はまずありません。

美味しいものを食べ、旅行に出かけ、やりたいことに思い切ってチャレンジしてみる。そうした経験に投資することで、人生はずっと豊かになるということを、高齢になって「やっと」悟る人が多いのです。お金で買えない喜びや感動、そして思い出。それこそが、私たちの心を満たしてくれる大切な財産なのです。

後悔しないためにも、元気なうちに、ひいては現役のうちに、ためらわずにお金を使う勇気を持ちたいものです。

「人生は短い」と誰しも口にする一方で、私たちは「あと何年生きるんだろうか」と漠然と考え、つい先のことを優先してしまいます。でも本当は、誰にも明日のことなんて分かりません。

体が動けるうちに、行きたい場所に行って、会いたい人に会って、やりたいことを、全力で楽しんでください。50代からそんな「今を生きる」姿勢があれば、仕事もお金も、ほんの些細なことのように思えてくるはずです。

著者紹介

和田秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪市生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カールメニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、立命館大学生命科学部特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック(アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化したクリニック)院長。著書に、『医学部にとにかく受かるための「要領」がわかる本』(PHP研究所)、『老いの品格』『頭がいい人、悪い人の健康法』(以上、PHP新書)、『50歳からの「脳のトリセツ」』(PHPビジネス新書)、『感情的にならない本』『[新版]「がまん」するから老化する』(以上、PHP文庫)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『80歳の壁』(幻冬舎新書)、『自分は自分 人は人』(知的生きかた文庫)など多数。

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