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定年を前にした現場主義のジャーナリストに起こったこと 75歳・岩田公雄さんの今

吉澤恵理

2024年12月27日 公開 2024年12月27日 更新

定年を前にした現場主義のジャーナリストに起こったこと 75歳・岩田公雄さんの今

「歴史の接点に立ちたい」という思いを胸に、現場主義を貫いてきたジャーナリスト岩田公雄氏。今年75歳を迎えた今も、BS11「報道ライブ インサイドOUT」のキャスターや学習院大学シニアフェローとして精力的に活動している。人生100年時代と言われる今、その生き方は一つのロールモデルともいえるだろう。しかし、岩田氏の人生にも苦悩や停滞があり、それを乗り越えた経験が今の力強さを支えている。 (取材・文/吉澤恵理)

 

事件と共に歩んだ取材人生 

学習院大学法学部を卒業後、岩田氏は読売テレビに入社し報道記者となりグリコ・森永事件や日本航空123便墜落事故など国内の重要事件を取材し、1986年にはタイ航空機爆発事故の取材でマニラに派遣された。その後、三井物産マニラ支店長誘拐事件の取材をきっかけに、1987年にはNNNマニラ初代支局長に就任した。 

「当時は、どんな現場でも対応できるよう、パスポートと現金を常に携帯し、事件があれば国内外を問わず現場へ駆けつけました。記者は常に現場にいなければならない。その空気を吸い、現実を目の当たりにすることで初めて伝えられるものがあるという思いで取材にあたってきました」 

岩田氏のこの信念は、数々の歴史的事件の取材で貫かれた。 

 

命懸けの現場取材:天安門事件と9.11同時多発テロ 

1989年、マニラ支局長としての任期が終わる直前、天安門事件の取材を命じられた。中国での取材規制が厳しい中、岩田氏はカメラを北京入国前に香港の空港で調達し、銃弾が飛び交う中で撮影を行った。 

「戦車や重武装の戒厳部隊が学生たちを銃撃し、一方の学生たちは火炎瓶や竹棒だけで抵抗していましたが、敵うわけがなく、目の前で次々と若者が倒れていく。衝撃的な光景でした。恐怖を感じる暇もなく『これを伝えなければ』という思いで撮影しました」 

撮影したテープをズボンの中に隠し、銃撃の中をホテルまで逃げた。ホテルでは中国公安当局の検査を受けたが、幸運にも軽い身体検査だけで通過できたという。 

「見つかれば即逮捕という状況でしたが、運よく通り抜けることができ、その瞬間、全身の力が抜けました」 

天安門事件の惨劇は、岩田氏の心にも深い傷を残した。取材後もフラッシュバックに悩まされ、夢の中で学生たちが倒れる光景を何度も見たという。 

「時々、夢の中で『ワッ!』と目が覚めることがありました。若者たちの悲劇を伝え切れない無力感にその後数か月はうつに近い状態でした。ですが、記者としての運命と受け止め、取材に打ち込むことで乗り越えることができました」 

2001年の9.11同時多発テロでも岩田氏の記者魂は健在だった。事件発生翌日、日本からアメリカへの直行便が欠航する中、成田空港で便の再開を待ち、最初の便で現地に向かった。 

「現場に到着した時、まだ瓦礫が煙を上げていて救助活動が続いていました。その光景を目の当たりにし、何とか少しでも正確に伝えなければと思いました」 

この時ばかりは、周りも大いに岩田氏の所在を心配したようだ。 

「後から現地入りした後輩から『日本で岩田さんがいないと大騒ぎになっていますよ。連絡くらいしてください』と言われるほど、現場に行くことを優先していました」 

 

定年後の停滞と新たな挑戦 

60歳を迎えた頃、岩田は新たな壁に直面する。ジャーナリストとして活躍を続けていただけに『定年』という節目が気持ちに大きく影響したという。 

「定年を前に多少気持ちが停滞しました。長年の取材や生放送で培ったアドリブ力に陰りを感じ、記憶力や反応速度の衰えを自覚するようになりました。以前はスムーズに出ていた言葉が、数字や名前がなかなか出てこないことも増えました。アドリブの臨場感は大事ですが、記憶の違いなどを極力避ける対応として本番前にデータのチェックや必要な人名、言葉の適切な使い方を以前よりも丁寧に調べ大学ノートなどにメモ書きしてそれを頭に刷り込み本番に臨むようになりました。忍び寄る老化を完全には排除できませんが、慢心を避ける気構えと準備は必要だと思っています」 

また、友人の誘いで東京マラソンに挑戦したことが大きな転機となった。 

「フルマラソンなんて無理だと思いましたが、半年以上トレーニングをして完走できた時、自分がまだやれるという自信を取り戻しました。目標を持つことで、心も体も前向きになると実感しました」 

 

健康管理で支える生涯現役の姿 

岩田氏は現在、生涯ジャーナリストを貫くために健康管理を徹底している。今年は白内障の手術を終え、次にはインプラント治療を計画中だ。さらに筋トレを始め、体力の維持と向上に取り組んでいる。 

「身体を鍛えることで、自然と気持ちも前向きになります。75歳の現在まで生涯記者を続けられたのも心身の健全の賜物だと思っています」 

岩田氏は「事件と共に歩む」という言葉通り、命懸けの取材を続けてきた。停滞を乗り越えながらも挑戦を続ける姿勢は、ジャーナリストとしての誇りそのものだ。人生100年時代を迎える中で、その生き方は多くの人々に勇気を与えるだろう。 

 

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