
「Red」と「Velvet」という二面性を軸に、ポップからダーク、エレガントまで多様な音楽世界を展開する、K-POPの中でも異彩を放つRed Velvet。鮮烈なビジュアルとコンセプチュアルな楽曲、そして高い歌唱力とパフォーマンス力で私たちを新たな世界に連れていってくれる。
音楽評論家のキム・ヨンデ氏が紐解く、彼女たちの音楽的特異性と表現の多層性、Red Velvetというグループがなぜ多くの人々の感性を刺激し、心を掴んで離さないのか、その魅力とは。
※本稿は『K-POPを読む』(&books/辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
“妙な違和感”が私たちを魅了してやまない
"I love you...till kingdom come." スルギの魅惑的なランに重なるウェンディの切ない歌声。 自分に誓うような歌詞とともにかすかにフェードアウトするエンディングを聴きたくて、わたしは何度も「Kingdom Come」 のプレイボタンを押す。
K-POP、しかもガールグループの音楽ではありえない骨太のドラムループとシンプルにリピートする和音の進行、そして幻想的なボーカルのハーモニーで構成されたR&B。「Kingdom Come」は、Red VelvetがK-POPにおいていかに独創的であるかをしめす、K-POPガールグループの歴代レパートリーのなかでも屈指の作品だ。
ところが、この曲にたいする認識には、コアなファンと一般的なリスナーのあいだで大きなギャップがある。「Kingdom Come」は、Red Velvetのファンのみならず、いわゆるK-POP マニアのあいだでも隠れた名曲といわれているが、「Red Flavor」でRed Velvetのことを知った大多数の人たちのあいだでは存在さえほとんど知られていないのだ。
まさにこのギャップこそ、わたしがRed Velvetに注目している部分であり、彼女たちの音楽が他のグループとは異なる理由でもある。評論家の感性を刺激する、マニアックなガールグループとしての音楽的な魅力と、大衆的で商業的なガールグループとしての魅力のギャップ。だが究極的には、この妙な違和感こそが、Red Velvetをユニークな存在にさせる重要な要素のひとつなのだ。
「빨간 맛, 궁금해 honey(赤い味気になる honey)」と歌う姿が、まるでフレッシュなフルーツのように生き生きと美しい 「Red Flavor」。あるいは、無表情で同じダンスをくり返す振り付けが、あたかもポップアートのようにキッチュな「Dumb Dumb」と「Russian Roulette」。
Red Velvetは、モダンで風変りなイメージとそれにマッチした現代的なサウンドで、2010年代半ばに群雄割拠のK-POPシーンでもっとも注目を浴びるガールグループのひとつになった。Red Velvetは「アジアのガールグループ」というエキゾチックなイメージを前面に出しているわけではないが、アメリカやイギリスのポップスともまったく異なる、洗練されたコスモポリタンなガールグループとしての魅力を持っている。
洗練と進歩的、典型に逆らうブランディング
またRed Velvetは、K-POPのガールグループで時に過度に強調される「かわいらしさ」や「セクシーさ」のような中途半端なコンセプトは追い求めない。堂々たるセクシーさをまとうことで、男性ファンの欲望や羨望の対象を超越し、女性ファンが憧れ共感する「ガールクラッシュ」なグループとして自らを位置づけた。
「折衷モデル」ともいえるこのコンセプトによって、 Red Velvetは、ファン層が「男女」や「K-POPと洋楽」、「マニアと大衆」と二分されることのない、幅広い人々を魅了するグループとなった。実に絶妙なバランス感覚だ。
しかし、このようなRed Velvetの立ち位置は、商業的な「イメージ戦略」や「ポジショニング(競合との差別化)」だけによるものだとは思わない。アーティストとしてのRed Velvetの最大の魅力は、K-POPでもずば抜けて豊かでラグジュアリー感あふれるディスコグラフィー、すなわち音楽そのものにあるからだ。
彼女たちの楽曲には、もっとも洗練された進歩的なサウンドが盛り込まれている。キャリアを彩る名曲の数々は、コンセプトやビジュアルがそれほど凝っていなくとも、サウンドで人々の心をつかむ。こうした質の高い楽曲は、リード曲だけでなく、その他の曲にも見出すことができる。
K-POPグループ、特にガールグループのコンセプトには、つねに商業的な成功というプレッシャーが付きまとう。そんななか、2ndミニアルバム『The Velvet』の「One Of These Nights」 は、通常であればリード曲にはなりがたい、「奇跡」の一曲といえるだろう。
弦楽器が奏でるクラシック室内楽の小曲のような、予想がつかないオープニング。ピアノの音色に曲のトーンをつかめたと思いきや、ややメランコリーなトーンのボーカルが、まったく予測できなかったタイミングで始まる。音楽に詳しい人なら、おそらくこの一風変わったイントロを聴くだけで、従来のガールグループの曲とはまったく異なる雰囲気を感じ取ることができるだろう。
しかし、それだけではない。「One Of These Nights」はスローテンポだが、音楽チャートで人気のバラードとはまったく共通点がないほど異質な曲だ。ボーカルの主旋律も、「그냥(ただ)」という最初の音節の後、予期せぬ方向に進む。突然変調し、「오래된 스토리와(古いストーリーと)」 という歌詞で始まるコーラスパートに達するが、K-POPファンが好きな強烈に切ないサビで聴かせることはない。
「은하수 너 머에 아득히 먼 곳에(天の川はるか彼方に)」ある刹那に触れて再び離れる寂しさが、「꿈속이라도 괜찮으니까(夢の中でも 大丈夫だから)」という歌詞の後、ジャズ風の旋律で描写されているだけだ。でも、それで十分なのだ。このエレガントでラグジュアリーなR&Bが、K-POPのメジャーシーンで活動するトップクラスのガールグループのリード曲としてリリースされたという事実に、いまだ驚くばかりだ。
「One Of These Nights」のようにK-POPの典型的な文法を拒否しているとも感じるRed Velvet。注目すべきは、Red Velvetの楽曲は決してアヴァンギャルドで難解なものではないという事実だ。これは、ポピュラー音楽として、非常に大切なポイントだ。K-POPの典型的なスタイルを追求していないにもかかわらず、K-POPファンの誰もが親しみを感じる曲であること。これは、Red Velvetの音楽を際立させる小さくも重要な要素だ。
素朴な曲でこそより際立つ魅力
ボーカルグループとしてのRed Velvetの独特な魅力は、それぞれ異なる個性をもつメンバーのスキルと声が調和することで、存分に発揮される。なかでもメインボーカルのウェンディの存在感は、ずば抜けている。「Oh Boy」の高音パートを余裕でこなす生まれつきの声量とテクニックはもちろん、「La Rouge」で華やかに魅せるアドリブの実力は、彼女の真骨頂といえるだろう。
声量が圧倒的だったり高音が得意だったりする歌手は他にもいるが、ウェンディのようにグローバル市場で勝負できる洗練されたトーンのアイドルボーカリストは稀である。彼女の最大の長所といえば豊かであたたかいトーンだが、「Body Talk」は洗練された発声と厚みのあるトーンで、曲のもつ寂しさと切なさを上品に表現した名曲だ。
ウェンディがRed Velvetの 「ウォームトーン」、つまりあたたかさを生み出す存在であるのにたいし、もうひとりの優れたボーカルであるスルギは「クールトーン」だ。真逆の2人がいることで、グループは絶妙のバランスを保つ。ガールグループ最高のダンサーのひとりともいわれるスルギは、ずば抜けたボーカル能力でRed Velvetの音楽を一層豊かにする。洗練されたテクニックと安定した発声。つつましくセクシーで切ない声で、傷つきやすいもろさを表現する。
ウェンディとスルギだけでは満たすことのできない音色の空白を埋めるのが、サブボーカルのジョイだ。彼女のボーカルは、 Red Velvetを親しみやすい存在にする。ジャンルや編曲を問わずあらゆる曲にマッチする、生来の美しい声と澄んだトーンと 「歌謡」のような歌い方。快活さと優雅さを自在に操るジョイのボーカルは、Red Velvetならではの繊細な感性を引き出す。
Red Velvetが、ひとりのメインボーカルのスキルに頼るのではなく、素晴らしいボーカリストたちのアンサンブルであるというのは、重要なポイントだ。その意味で、ジョイはまさに必須のボーカルメンバーなのだ。
Red Velvetの魅力は、圧倒的な歌唱力を誇示する曲ではなく 素朴な曲で際立つのが、興味深い。「Bad Boy」と同様に、「Psycho」はアンサンブルとしてのRed Velvetの美しさを表す良い例だ。
メンバーそれぞれのスキルを披露するオープニングパートや巧みなアドリブももちろん良いが、ボーカルメンバー たちの声がひとつになる瞬間、Red Velvetの洗練された倍音は、他のグループとは一線を画す独特のハーモニーを奏でる。 これこそが、ボーカルグループとしてのRed Velvetの際立つアイデンティティといえるだろう。