
脳の神経を活性化させる「セロ活」で、心身ともに元気に過ごすための方法を、医師の有田秀穂さんに教えていただきました。
※本稿は『PHPスペシャル』2025年6月号より、内容を抜粋・編集したものです
「疲れやすい、眠れない」原因は脳にあった!
朝、すっきりと起きられない。疲れているのに、なかなか眠れない。病院で検査をしても異常なし。原因はわからないけれど、疲れがたまっていく一方......。
その不調の原因は、体ではなく脳にあるかもしれません。「脳の疲れ」が、心身に影響を及ぼすケースも多くみられるからです。
脳の疲れには、「頭の疲れ」と「心の疲れ」の2種類があります。頭の疲れとは、大脳を酷使することで起きる疲労感です。その大きな要因は、スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器を長時間使っていること。これらは社会生活を送るうえで使わざるを得ないことが多いですが、同時に私たちの大脳を非常に疲れさせています。大脳の興奮状態が続くと、頭を休息モードに切り替えられなくなり、疲れが解消できません。
一方、心の疲れとは、精神的なストレスが積み重なることで起きる疲労感です。ストレスの記憶は脳に蓄積され、ちょっとしたきっかけでよみがえり、心を疲弊させます。また、頭の疲れによる不眠などが続くと、気力がなくなり、心の疲れを引き起こします。
このような頭と心の疲れを癒やすカギを握っているのが、「セロトニン」です。セロトニンとは、脳内の神経物質の1つで、主に「朝の目覚めをよくする」「心のバランスを保つ」「自律神経を整える」「痛みを和らげる」「顔つきや姿勢をシャキッとさせる」という5つの働きを担っています。
つまり、セロトニンが充分に分泌されていれば心身ともに安定し、元気に過ごせるのです。そして、このセロトニンをつくるのが「セロトニン神経」です。
セロトニン神経の活性化=「セロ活」をすると、セロトニンはもちろん、癒やしや安心感をもたらす「オキシトシン」や、心地よい眠りや心身の休息をもたらす「メラトニン」も増えます。3つの癒やしホルモンの力を借りて疲れを解消し、元気な毎日を過ごしましょう。
頭と心を癒す3つの脳内ホルモン
セロトニン神経を活性化させるタイミングによって、分泌される脳内ホルモンが異なります。時間帯に合わせて、後半に紹介する分泌アクションを実践しましょう。
日の出~日中【セロトニン】
役割:精神面や睡眠などを健全な状態にする。自律神経を整え、免疫力を高める。メラトニンの材料にもなる。
分泌すると:朝の目覚めがよくなり、心身が安定して元気に日中を過ごせるようになる。脳の興奮を抑え、ポジティブになれる。
黄昏時~夜【オキシトシン】
役割:脳からストレスを取り除く。副交感神経を優位にし、心身をリラックスさせる。
分泌すると:不安や孤独感を緩和し、癒やしや安心感をもたらす。血圧を安定させ、疲労を回復し、治癒力もアップ。
寝る前~夜明け【メラトニン】
役割:睡眠や体温、ホルモン分泌などの生体リズムを調節する。老化を促進させる活性酸素を体内から除去する。
分泌すると:質の高い眠りをもたらし、心身を休ませ、免疫力を高める。抗酸化作用で成人病を防ぐ。
ストレスを抑えるセロトニン神経
セロトニン神経には、癒やしホルモンを分泌するだけでなく、ストレスによる興奮を抑えて、平常心を取り戻す役割もあります。
脳にはさまざまな神経がありますが、中でも人の心に作用する神経が、精神の安定に関わるセロトニン神経と、意欲に関わるノルアドレナリン神経です。この2つの神経は、朝起きたときに大脳を目覚めさせ、ネガティブな気分を解消し、体を活動モードへと切り替えます。
とくにノルアドレナリン神経は、危険を察知したときなどストレスがかかると活性化し、自律神経に働きかけて心拍数や血液量を増やします。集中力や積極性を高めて、危険に打ち勝つための戦闘態勢を整えてくれるのです。
ところが、過度なストレスを受けると脳が混乱し、ノルアドレナリン神経が暴走してしまいます。ストレスに過敏な状態が続くと興奮が収まらず、心身を休ませることができません。重症化すると、パニックや不安障害を起こすこともあります。この暴走にブレーキをかけるのが、セロトニン神経です。ストレスによる心へのダメージを減らすためにも、セロトニン神経を活性化させましょう。
日の出~日中にしたい「セロトニンを増やすための分泌アクション」
セロトニンを増やすために、「日光浴」と「リズム運動」の2つを行ないましょう。太陽の光を浴びると、脳が目を介して光をキャッチし、セロトニン神経を活性化させます。ちなみに、太陽の光の強さは1万ルクス以上で、電灯は500ルクス程度なので、家の照明にセロトニンを増やす効果はありません。なので、日中部屋にこもったり、昼夜逆転の生活をしたりしていると、セロトニン不足に陥ってしまいます。
リズム運動とは一定のリズムで体を動かす「歩行」「咀嚼」「呼吸」の3つを指します。私たちの脳は、これらの運動を日中に行なうと、セロトニン神経が活性化されるようにできているのです。また、セロトニンの材料となる「トリプトファン」を含む食材(大豆製品や乳製品など)を積極的に摂るのもおすすめです。
●朝食をよく噛んで食べる
セロ活において重要なカギは、朝食です。トリプトファンを多く含む食材を、意識して朝食に取り入れましょう。また、しっかり噛んで食べることで、咀嚼のリズム運動も行なえます。
Point:どうしても朝食が食べられないときは、ガムを噛んでください。咀嚼の効果を高めるために、2〜3粒のガムを一度に噛みましょう。
●朝のウォーキング
朝に、太陽の光を浴びながらウォーキングしましょう。そうすれば、セロトニン神経を活性化させる日光浴と、歩行と呼吸のリズム運動を同時に行なうことができます。最低5分以上、疲れない程度に歩けばOKです。余裕があれば時間を延ばしたり、ラジオ体操をプラスしたりすると、セロトニンをより分泌できます。
Point:通勤途中のウォーキングは、セロ活にはなりません。人通りが多い場所を歩くと目や耳から刺激が入ってくるため、「ストレス中枢」が先に活性化し、セロトニン神経が抑制されてしまいます。
また、同じ理由で犬の散歩やラジオを聞きながらのウォーキングもNG。人通りが少ない朝の公園などで、思考せずに気持ちよく歩くのがベストです。
●ひとりカラオケを楽しむ
歌うことは、セロトニンの分泌を促す呼吸のリズム運動の1つです。ただ、誰かと一緒にカラオケに行くと、曲選びや歌う順番などに気を遣い、それがストレス中枢を刺激して、疲れてしまうことも......。早く元気になりたいときには、日中に「ひとりカラオケ」をして、自分の好きな曲を自分のペースで歌うのがおすすめです。
Point:呼吸のリズム運動は、吸うことよりも息を吐き切ることを意識してください。無理のない範囲で何曲か続けて歌うと、より効果が高まります。また、人と楽しく盛り上がるカラオケではセロトニンが出なかったとしても、「グルーミング」としてオキシトシンを増やす効果が期待できます。
黄昏時~夜にしたい「オキシトシンを増やすための分泌アクション」
オキシトシンを増やすには、心地よいスキンシップ=「グルーミング」が最適です。友人や恋人、家族とハグしたり、エステやマッサージを受けたりすることで、オキシトシンの分泌を促せます。また、楽しいおしゃべりや好きなものを愛でることでも、オキシトシンは分泌されます。「心地よさ」を感じられることが、絶対条件です。
●動物や植物と触れ合う
動物と触れあうと、オキシトシンが分泌されます。犬や猫と遊んだり、水槽で泳ぐ金魚や亀を眺めたりするのも効果的です。ペットを飼えない人は、猫カフェを利用したり、植物を育てたりするのもいいでしょう。肌触りのよいお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるだけでも、触覚刺激による癒やし効果が得られます。
●人に親切にする
寄付やボランティア活動をすると、心が温かくなりませんか? それはまさにオキシトシンが分泌されている状態です。席を譲る、道を教えるといった小さなことでもいいので、人に親切にするといいでしょう。ただし、金品などの見返りや感謝の言葉は求めないこと。「お礼があるかも?」と期待すると、ストレスにつながります。
●涙活でストレス解消
映画や小説などの登場人物に共感したり、「推し」が登場する作品を観たりすると、オキシトシンが分泌されます。さらに、他者の状況に心を動かされて涙すると、副交感神経のスイッチが入り、脳がリラックスします。心がモヤモヤするときは、感動する作品を観て、積極的に涙を流す活動=「涙活」をしてみましょう。気分がすっきりするはずです。
夜にしたい「メラトニンを増やすための分泌アクション」
メラトニンを増やすポイントは、材料となるセロトニンがたくさん出る生活をすることです。セロトニンは日中に、メラトニンは日没後にしかつくられません。また、頭の疲れをとるためには、質のいい睡眠をとるのが一番です。寝室の睡眠環境を整え、次に紹介する3つの分泌アクションでメラトニンを増やし、スムーズに入眠しましょう。
●日没後のリズム運動
太陽が沈んでから、夕方以降に運動をすると、セロトニンがメラトニンへとすぐに変換されます。夜に5分から30分程度、ウォーキングやエアロバイク、階段の上り降りなど、一定のリズムで行なう運動を取り入れてみてください。ほどよい疲労感とメラトニンの効果で、ぐっすり眠れるはずです。
●就寝前のデジタルデトックス
スマホやパソコンが発するブルーライトは、メラトニンを破壊します。遅くとも就寝2時間前までにはデジタル機器を手放し、入浴や読書などをして過ごしてください。現代人が疲れをためこまないコツは、日中はデジタル、夜はアナログのハイブリッド生活を送ることです。SNSなどを見たいなら、翌朝早起きをして楽しみましょう。
●ホットミルクを飲む
疲れているのに、なかなか眠れない......。そんなときは、コップ1杯のホットミルクを飲んでください。牛乳には、セロトニンの材料であるトリプトファンが豊富に含まれています。冷たいままでもトリプトファンは摂取できますが、寝る前なら胃腸にも優しいホットミルクがおすすめ。血行もよくなり、副交感神経のスイッチがオンになります。
【有田秀穂(ありた・ひでほ)】
東邦大学医学部名誉教授。セロトニンDojo代表。東京大学医学部卒業。セロトニン研究の第一人者として各界から注目を集める。『医者が教える疲れない人の脳』(知的生きかた文庫)、『脳からストレスを消す技術』(サンマーク文庫)など著書多数。