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歌うことで産後うつから回復が早まる? 病院で導入が進むアートセラピー

スーザン・マグサメン,アイビー・ロス,須川綾子(訳者)

2025年05月27日 公開

歌うことで産後うつから回復が早まる? 病院で導入が進むアートセラピー

アートは変革をもたらす力強い存在だ。音楽、絵画、映画や演劇に夢中になり、自分のなかで何かが変化したように感じた経験はないだろうか。
アートは数えきれないほど多様なかたちで心と体を癒してくれる。

アートがいかにして私たちの生活の質を高め、より良いコミュニティを築いていくのかについて、スーザン・マグサメンとアイビー・ロスのお二人に、科学的根拠とともに解説して頂く。

※本稿は、スーザン・マグサメン,アイビー・ロス著、須川綾子訳『アート脳』を一部抜粋・編集したものです。

 

アートの予防的な特性について、デイジー・ファンコートが集めたデータはひじょうに示唆に富む。デイジーは疫学者として、集団に関するデータを追跡し、病気の発生などの健康状態の変化を調べる研究の第一人者だ。

 

産後の歌が母子の絆を深める

これは子宮から始まる。デイジーは産前産後の母親の健康と、音楽と歌唱が妊婦と新生児を結びつけることについて、いくつかの研究を行なっている。2015年に行なわれた臨床試験において、彼女と研究チームは産後うつを経験している女性の調査を始めた。

「母親になりたての女性は授乳期間中に抗うつ剤を服用するのを嫌がることが多く、カウンセリングやセラピーに通う時間などない場合がほとんどですから、治療をするのがとても難しいのです」とデイジーは私たちに語った。デイジーによると、歌うことは母子の絆と強い関連性があり、チームは歌うことで回復が加速するのではないかと興味を抱いた。

研究者たちは、母親を3つのグループに分け、ランダム化比較試験を行なった。

主治医から一般的な産後ケアを受けるグループ、それに加えて社会的支援を受けるグループ、そして一般的ケアに加え、産後うつの母親のために開発された10週間にわたって歌を歌うプログラムに参加するグループ。

「歌うグループは他のグループよりも、平均して1カ月早く回復したのです」とデイジーは言う。この回復の速やかさが大切だとデイジーは指摘する。なぜなら産後うつは長引けば長引くほど、深刻なうつ病や継続的なうつ病に至るおそれがあるからだ。

「産後うつが長引けば、それだけ本人にとって問題になりますが、赤ちゃんにとっても発達の面で、また将来の絆という点で問題が深まるのです」と彼女はつけ加えた。

追跡調査により、歌うことの効果の根底にあるいくつものメカニズムが確認された。

「母親たちは赤ちゃんと遊んだときよりも、歌を歌ったときの方がストレスホルモンのコルチゾールが減少し、母子の親密さをより強く感じていました」とデイジーは説明する。歌うことで気分が落ち着いただけでなく、赤ちゃんを寝かしつけ、泣き止ませる方法を手に入れたことで、母親としての自信が増し、落ち込むことが減ったのだ。

 

毎日物語を読む子どもの驚くべき発達

アートとの関わりは幼児期の発達にも引き続き影響を与える。データからは、定期的にアートに携わる子どもは、10代になってから社会的問題を起こす可能性が低くなることが示された。友だちや先生、その他の大人たちとの関係に悩むことも少なく、うつ病になる可能性も低い。全体的に見て、健康的な生活を送り、的確な判断をする傾向が高くなる。

一例として、ほぼ毎日物語を読む子どもは、健康に関わる行動や健康状態が良好だった。

また、薬物やタバコに手を出す傾向が低く、思春期の間も果物や野菜を食べる機会が多かった。これは本をすぐに読み終えてしまう読書好きの子どもに限ったことではない。読む能力は重要ではないことをデイジーは発見した。大切なのは何かを読むという行為そのもので、漫画でも小説でも差はなかった。

アメリカン・アートセラピー協会によると、芸術的表現や創造的プロセスは認知能力を高め、自己認識を育み、10代の若者が感情を整える手助けをしてくれる。

この時期の若者の脳は劇的な変化を遂げる重要な発達期にある。そこで、アートに親しむことで集中力、問題解決力、決断力を養い、健康に関わる選択に直面したときに適切な判断をすることができる。

 

アートが認知症リスクを下げる

デイジーの緻密な研究により、アートが心血管代謝疾患、妊娠中の健康、幼少期の発達などに効果があることが明らかになってきた。

しかし、デイジーが解き明かした何よりも驚くべき事実は、寿命に対するアートの効果だろう。劇場や美術館を訪れるなど、数カ月ごとにアートに触れる人々は、そのような習慣がない人々と比べて早世するリスクが31%も低い。生活にアートを取り入れる機会が年に1、2回だとしても、死亡リスクは14%下がる。

アートにはまさに寿命を延ばす効果があるのだ。

このような効果の理由として考えられるのは、アートや美に触れることによる予防的効果だ。デイジーとチームが行なった追加調査では、文化的活動を実践すると認知症や慢性疾患を防ぐ可能性があることが判明した。生涯にわたり美術館やコンサート、劇場に足を運ぶといったアート活動を行なうと、加齢に伴う認知機能の低下を遅らせる効果もある。またこうした活動は、認知症発症のリスクを下げることにもつながる。

このようにアートに大きな効果があるのは、認知予備力と呼ばれる科学的理論によって説明し得る、とデイジーは考えている。この理論は、私たちの人生には神経変性に対する脳の抵抗力を高めるのに役立つ複数の要因があるとする。

アートは「認知的に刺激のある活動を促し、社会的支援を提供し、さらには新しい経験を提供し、感情を表現する機会を得るうえでも役立っている」とデイジーは記している。「アートは教育や能力の開発の一種である。こうした要因のすべてが認知予備力の一部をなし、脳の抵抗力の強化に貢献している」。

いまや伝統的な医療を行なう病院でも、アートプログラムや美を取り入れた治療が導入され始めている。アロマテラピーは吐き気を抑えるために用いられ、手術室には、患者や医師、看護師の不安や動揺を和らげるために歌や音楽が持ち込まれている。脳卒中のリハビリではコンピュータゲームが治療として用いられている。

現在、アートによる健康増進と表現アートセラピーに対する関心が高まっており、視覚芸術や音楽だけでなく、ダンスや創作的な文章を書くことなど、数多くの臨床プログラムが導入されるようになっている。アート療法士は医療スタッフと協力しながら、治療計画を担うチームの一員として、病院内で働いている。

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