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窮地に陥っていたスターバックス 幹部22人が集められたビートルズ一色の部屋の意味

スーザン・マグサメン,アイビー・ロス,須川綾子(訳者)

2025年06月01日 公開

窮地に陥っていたスターバックス 幹部22人が集められたビートルズ一色の部屋の意味

アートは変革をもたらす力強い存在だ。音楽、絵画、映画や演劇に夢中になり、自分のなかで何かが変化したように感じた経験はないだろうか。
アートは数えきれないほど多様なかたちで心と体を癒してくれる。

近年、アートや美学が人間にもたらす影響が研究され、アートが持つ力の認識や解釈を根本的に変えるような学術分野が出現している。それが神経美学と呼ばれる分野だ。スーザン・マグサメンとアイビー・ロスのお二人に解説して頂く。

※本稿は、スーザン・マグサメン,アイビー・ロス著、須川綾子訳『アート脳』を一部抜粋・編集したものです。

 

創造的なスキルの強化に動いたスターバックス

2008年、スターバックスは窮地に陥っていた。ブランド・ロイヤリティが低下し、店舗の平均売り上げが減り、社内では人と人の結びつきが欠けていた。互いに信頼し合うことができなくなっていた。体制の強化を図るため、元CEОのハワード・シュルツが復帰した。

彼は早急に、22人の経営トップと合宿を行なうことをキース・ヤマシタに委ねた。

キースはコンサルティング会社のSYPartnersの設立者で、これまでにアップル、eBay、IBM、オプラ・ウィンフリー・ネットワークなどの企業に招かれ、リーダーシップ教育にあたってきた。彼はデザインの分野を極め、データ経済学、組織行動学を学んだのち、企業の創造性にフォーカスした。というのも、彼が私たちに説明してくれたように、それはひじょうに多くの人々が人生の大半を費やす難題だからだ。

「私はビジネスの分野で技術的スキルと同じように、創造的なスキルにも時間をかけるべきだと考えています」と彼は私たちに言った。

「技術的スキルというのは、物事をやり遂げられるように手助けするものです。経理ソフトを使いこなせるか?プログラムが書けるか?自分の考えを表現できるか?これらはもちろん重要です。

ですが、最終的な目的は何でしょう?創造的なスキルとは、創意工夫が生まれるところです」

キースはスターバックスの経営陣を引き込むためのあらゆる方法を検討した。「当時、同社には多くの問題がありました」とキースは言う。「そんなとき私たちはアナリティクスにすべての時間を費やすこともできました。しかしグループにとって必要なのは、彼らにとって何が本当に重要なのかを探ることでした」。

 

ビートルズに囲まれた部屋に幹部を集めた理由

あなたがスターバックスの22人の幹部の1人で、業績不振の立て直しを任されていると想像してみよう。将来について話し合う重要な会議に呼ばれたのに、その場所は本社の役員室やCEOのオフィスではなく、シアトルのダウンタウンのひどくさびれたロフトだった。

到着して渡されたものは2つだけ――短い指示が書かれたカードと、アイポッドシャッフル。音楽を聴き、文化の象徴を生むものは何かを考えるようにと言われる。

ヘッドフォンをつけ、プレイリストを見る。ビートルズが録音したすべての曲が入っている。ロフトに足を踏み入れると、部屋はビートルズのポスターや写真、ドキュメンタリーなどで溢れている。あなたはそこで1時間近く、音楽をかけながら1人で見て回るようにと言われる。

その後キースとそのチームは幹部を集め、テーブルを挟んで横一列に11人ずつ座るように指示した。「それはもう距離が近かった。というか居心地が悪いほどぴったりと座っていました」とキースは笑いながら言った。

「そして私たちは1つだけ質問しました――何がビートルズをアイコンにしたのか?」。

誰もが堰せきを切ったように話し始めた。この顔ぶれはビートルズとともに成長した世代なので、ある曲を初めて聴いたときの話や、一気によみがえった思い出を語った。

「やがて、はるかに中身のある話をするようになりました」とキースは言う。彼らは言い争いをし、意見の相違をさらけ出した。「ヨーコのように、部外者が急に現れ、彼らを刺激したのです」。

そしてこのタイミングで、キースは2つ目の問いを投げかけた

――スターバックスが文化の象徴だとしたら、再生させるにあって望むことは何か? 

「するとついに本当の気持ちが表面化し、涙まで見られました」と彼は言う。3日間の合宿はこうして始まり、スターバックスの幹部たちは企業理念をゼロから書き直し、ともに築きたいと願う未来を簡潔にまとめた。

その3日間は、3年にわたる企業改革へと発展した。「改革を可能にしたのは、経験に対する神経美学の作用でした」とキースは言う。「彼らの頭のなかで曲が流れ、若い頃の感情がよみがえった! のです」。

キースはこの例を用い、職場で目の当たりにしているより大きな傾向を指摘する。

「私たちはビジネスにおいて、あくなき効率化の最終段階に来ていると思います。これ以上"無駄をなくす"ことも、効率的になることもできない状態です」と彼は言う。

「私たちは理性だけでなく、感情のある人間として生きる必要があります。これはつまり、あらゆる感覚と芸術性、人生のアートを受け入れるということです。理由はいろいろですが、私たちは効率のためにこうした重要なことを排除してきました。
いまや、大切なのは喜びであり、人としての自由な表現であり、大切な事が意味を持つ充実した人生です」

 

リーダーシップ育成の未来は多次元になる

このような経験を得るために必ずしもオフィスを離れる必要はない。オフィスにいても、日々の慌ただしい取引の世界を抜け出し、もっと具体化された世界につながる扉を開く方法はある。

2017年、グーグルはリーダーシップ開発の未来について検討を始め、その取り組みはやがて「グーグル・スクール・フォー・リーダーズ」として結実した。

企業としての持続的な成長と成功には、マネージャーとリーダーを引きつけ、維持し、成長させることが必要だ。社内調査からは、マネージャーとリーダーが新たなスキルだけでなく、新たな考え方を学ぶ必要があることが明らかになった。グーグルは「スキルセットとマインドセットの両方」が不可欠であると総括した。

スクールの本格稼働に向けて専用の物理的な学習空間が開設され、「スクールハウス」と名づけられた。この取り組みを率いたマヤ・ラゾンは神経美学の力を認識しており、ジョンズ・ホプキンス大学のスーザンの研究室に連絡し、室内空間のデザインについて協力を求めた。

「私たちの調査からは、どこでどう学ぶかは、何を学ぶかということと少なくとも同じくらい重要であるという結論に達しました」とラゾンは言う。

「学習とリーダーシップ育成の未来はまちがいなく、多次元、かつ経験に基づくものになります。スクールハウスのデザインに採用した多感覚に訴えるアプローチは、学習者の感覚を刺激し、学習経験をより良く理解し、維持するうえで役立っています。
またシンプルに、遊び心に溢れ、完全にカスタマイズされた美しい空間でもあります。手ごたえは目覚ましく、スーザンと研究室との協力はスクールハウスの成功になくてはならないものでした」

神経美学を基礎とした学習の有望な点は、新たな情報の保持にとどまらない。神経美学には、この世界での生き方を革新する可能性がある。

目標のある、充実した人生を過ごせるような、ダイナミックな生き方のモデルを構築する支えになるだろう。神経美学の希望はそこにある。

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