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保険会社はなぜ一等地に立派なビルを持っている? 加入者が知らない保険料の使い道

植村信保(福岡大学商学部教授/キャピタスコンサルティング・マネージングディレクター〈非常勤〉)

2025年10月23日 公開

不動産投資も保険会社の収益のひとつ

丸の内などのオフィス街には、保険会社のビルが林立していますが、それほど「儲かっている」ということなのでしょうか。じつは保険会社は、保険料という莫大な原資をもつ、日本有数の投資家でもあります。意外と知らない保険会社の「別の顔」を、業界に精通した著者が解説します。

※本稿は、植村信保著『保険ビジネス 契約者から専門家まで楽しく読める保険の教養』(クロスメディア・パブリッシング)より一部抜粋・編集したものです。

 

立派なビルは加入者を安心させるため?

日本のどの都市に行っても見かけるのが保険会社、特に生命保険会社のビルではないでしょうか。
たとえば、東京駅の丸の内北口の向かいには日本生命の丸の内ビルが建っていて、丸の内を少し歩くと明治安田生命ビル(本社ビル)と、隣接して重要文化財の明治生命館があり、その2ブロック先には第一生命日比谷ファースト(本社ビル)があります。

一等地に立派なビルが建っていることから、「俺たちの保険料であんな立派なビルを建てやがって!」などと批判の的になることも。

生命保険協会「生命保険の動向(2024年版)」によると、生保が保有する不動産は約6兆円にもなります。なかでも日本生命の保有する不動産は約1.7兆円(うち賃貸用が約1.1兆円)に達し、およそ250棟の賃貸用ビルを保有する、日本でも有数の不動産オーナーです。

でも、生命保険会社はどうして多くの不動産を保有しているのでしょうか。まだ保険が普及していなかった時代に、加入者を安心させるために立派な本社ビルを建てたという説もありますし、確かにそのような効果はあったのかもしれません。

ただそれよりも、長期にわたり保障を提供する生保ビジネスにとって、安定した賃貸収入が得られる不動産投資は、長期の資産運用として好都合と考えられたのでしょう。

1980年代後半の生命保険会社は、海外で「ザ・セイホ」と呼ばれ、ジャパンマネーの象徴的な存在でした。

当時の大手生保は世界最大の投資家と言われ、外国証券への投資に加え、米国を中心に不動産投資のための現地法人を相次いで設立し、ニューヨーク・マンハッタンのオフィス街をはじめ、海外不動産への投資を積極的に進めました。

ところがその後、米国不動産市況の悪化と日本のバブル経済崩壊で、結果として高い授業料を支払うことになりました。

現在、保険会社の総資産に占める不動産の割合はわずか1%台。日本生命でも2%程度です。かつては10%を超えていた時代もあったそうですが、賃貸収入が見込めるとはいえ不動産の価格変動リスクは大きく、かつ、すぐに換金できる資産ではありません。生保の資産運用で不動産が中核を占めるということは今後も考えにくいと言えます。

 

収入と支払いのタイミングにズレがある

ところで、生命保険会社はなぜ資産運用をしているのでしょうか。それは保険ビジネスの特徴と深い関係があります。

通常のビジネスでは商品やサービスを提供しなければお金は入ってきません。しかし、保険ビジネスでは保険会社はお金(保険料)を事前に受け取ります。加入者があとからお金を徴収されるということはありません。

保険料を事前に受け取ることで、保険会社には資金が滞留します。1年契約が中心の損害保険よりも、長期契約を提供する生命保険のほうが滞留資金の規模が大きくなるというわけです。

加えて、死亡率や疾病の発生率は年齢が上がるほど高まるので、生命保険会社が保険料を受け取るタイミングと、保険金を支払うタイミングにはズレが生じます。そこで、保険会社は金利(予定利率)で割り引くことで、保険料を安く設定しています。

金利水準が上がると保険料が安くなることが多いのはこのためです。

より正確には、「保険会社は貨幣の時間価値を考慮して保険料を算出している」という説明になります。

お金の価値は時間によって変わり、現在の10万円と10年後の10万円の価値は違います。たとえば、金利水準が1%であれば、10年後の10万円の現在価値は約9万円です。この考えを取り入れることで、保険料を安くすることができるのですが、保険会社はその分だけ運用収益を確保する必要があります。

 

生命保険会社は400兆円以上の資産を持つ機関投資家

皆さんは「機関投資家」という言葉をご存じでしょうか。個人投資家が自らの資金を運用するのに対し、機関投資家は事業として顧客や委託者のために資産運用を行います。

生命保険会社は業界全体で400兆円以上の資産を持つ代表的な機関投資家で、金融市場への影響も大きい存在です。参考までに、損害保険会社の資産規模は約30兆円です。

歴史的に見ると、第二次世界大戦後の生命保険会社の資産運用は国内株式と貸付金が中心で、それが80年代まで続きました。銀行とともに、生保は個人部門の資金を企業部門に供給する役割を期待され、たとえば50年代~70年代はじめの高度成長期には、重化学工業への投融資によって日本経済を支えました。

その後、企業部門が資金不足から資金余剰に転じると、生保の資産構成も国債などの公社債や外国証券が中心となりました。国内株式の保有割合も下がっています。

日本国債の発行残高は現在、1000兆円を超えていますが、生命保険会社は国債保有者として日本銀行に次ぐ存在です。

ただし、多額の国債を保有しているのは、財政赤字を抱える政府の資金調達を助けるためではなく、あるいは、バブル崩壊の経験で生保が過度に安全志向に傾いているためでもありません。長期の保障を確実なものとするには、長期国債への投資が最も適切と考えているためです。

著者紹介

植村信保(うえむら・のぶやす)

福岡大学商学部教授/キャピタスコンサルティング・マネージングディレクター(非常勤)

大手損害保険会社、格付会社アナリスト、金融庁(任期付職員)などを経て、2020年から福岡大学で「保険論」「リスクマネジメント論」を担当。専門は保険会社のリスク管理、健全性規制など。主な著書は『経営なき破綻 平成生保危機の真実』(日本経済新聞出版社、2008年)、『利用者と提供者の視点で学ぶ保険の教科書』(中央経済社、2021年)など多数。
個人ブログ https://nuemura.com/

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