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優秀な技術者が海外流出...「失われた30年」で日本の機械産業はどうなったか

那須直美(インダストリー・ジャパン代表)

2025年08月01日 公開

優秀な技術者が海外流出...「失われた30年」で日本の機械産業はどうなったか

かつて「メイド・イン・ジャパン」の名のもと、世界を席巻した日本の機械産業。高度な技術力と品質で国際的な信頼を築き上げました。しかし、1990年代初頭のバブル崩壊を境に、日本経済はおよそ30年もの長きにわたり、低成長の時代に突入します。いわゆる「失われた30年」の中で、日本の機械産業はどう変わったのでしょうか。書籍『機械ビジネス』より解説します。

※本稿は、那須直美著『機械ビジネス メカ好きな人から専門家まで楽しく読める機械の教養』(クロスメディア・パブリッシング)を一部抜粋・編集したものです。

 

不況・景気低迷が機械工業や社会にもたらした影響

1973年のオイルショックによる世界的不況で、高度経済成長の勢いは衰え、翌年には戦後初めてのマイナス成長を経験しました。

このころには産業構造も鉄鋼、セメント、造船、化学、非鉄金属など重化学工業の「重厚長大」産業から、工作機械、電子・電気機器、精密機器、自動車など加工組み立ての「軽薄短小」産業へ移行する転換点になりました。インフレと不況が同時進行するスタグフレーションを乗り越え、4%前後の安定成長期に入りました。

この時期の日本は、オイルショックへの対策として省エネ・省資源化に取り組み、特に自動車産業は厳しい排ガス規制をクリアして他国との技術開発競争に打ち勝ちます。その結果、自動車産業は1977年には輸出トップの座を占め、1980年に世界一の生産台数を記録しました。

このころは自動車のほか、工作機械、電気機械、半導体、カラーテレビなどの輸出も大きく伸び、海外では日本製品が高品質の証として「メイド・イン・ジャパン」と呼ばれて普及していきました。これが結果的に、欧米諸国との貿易摩擦を引き起こします。

1985年には急激な円高による不況対策として低金利政策を行い、その資金が株式や不動産に流れたため、以降の日本は株価や土地価格が急上昇するバブル景気に沸き上がります。

昭和末期はリゾート開発や企業の設備投資も活発となり、多くの若者たちは踊り、個人の消費意欲も旺盛な時代がやって来ました。学生の就職活動では、内定を取ると、内定先から海外旅行や車など豪華なプレゼントが用意されていたというから驚きます。

 

優秀な技術者・技能者の流出

日本全体が行きすぎた一時の好景気に熱狂していたのを機に、政府・日本銀行は金融引き締めや土地取引規制を行いますが、その結果、1990年代に入ると株価や地価が大きく下落し、ついにバブル経済は終わりを迎えました。

それからというもの、長引く景気低迷により、機械産業にも構造変化が見られます。モノの大量生産・大量消費の時代が終焉を迎えたことで、自動車・家電・半導体・OA機器など、産業の担い手はこぞって減産に追い込まれました。

さらに、バブル経済崩壊後は、多額の不良債権を抱えた金融機関の破綻など不良債権問題に直面すると同時に、情報技術分野でアメリカに大きく遅れをとっていることに気づきます。しかし不況が深刻化し、この分野ではなす術がなく、アメリカに追いつけずにいました。

その後、2008年にはリーマンショックで世界的な金融危機に陥り、自動車など輸出産業は大打撃を受けます。日本経済はマイナス成長に転じ、その後も低成長を続けることになります。

一方、バブル経済崩壊後の長引く景気低迷の中、グローバル競争を背景に、大企業は生産コストを下げるため、中国をはじめアジアを中心に生産拠点の海外移転を加速させ、産業の空洞化が拡大しました。その結果、国内の製造現場力が低下し、中小受託事業者の倒産や廃業・リストラなどが問題となりました。

問題はこれだけではありません。21世紀に入ってしばらく経ったあたりから、優秀な技術者・技能者が食いぶちを求めて、海外に流出してしまうという問題がジワジワと表面化してきました。

人材や技術の流出は、「日本の競争力の衰退を助長するのではないか」と問題視され、この件について筆者はさまざまな企業や団体に取材を行っています。

不況の波に飲まれ、リストラされて働き場を失った優秀な人や、まだまだ働ける定年退職者は、国内に数多くいます。日本企業に蓄積されてきたノウハウや技術を欲している中国などの新興国企業が、こうした人たちの能力に目を付け、受け入れ体制を整えていたのです。

日本では憂き目に遭った人々の能力が海外で認められ、高い賃金などの好条件を提示されるのですから、それが魅力的に映った人も多いでしょう。

また、土日を利用して海外で技術・技能を教える高給アルバイトもあり、そういった小遣い稼ぎに走る「不心得な働き手」がいないか、成田空港で見張る人もいたという洒落にならない噂もあったそうです。

 

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