他人と比べてしまったり、コンプレックスに過剰に反応してしまったり——多くの人は何かしらの悩みを抱えながら生きています。クリープハイプの尾崎世界観さんも、自身の悩みと向き合いながら表現を続けてきた一人です。読者から寄せられた悩みと正面から向き合った『尾崎世界観のおなやみ天国』の刊行を機に、お悩み相談を受けながら考えていたことを話していただきました。
何もできない自分だったから
――書籍の中には、コンプレックスや、誰かと比べてしまうという悩みがいくつか収録されています。尾崎さんご自身も、子どもの頃から周囲との違いを感じてこられたと思うのですが、これまで人と違う感覚とどう向き合ってきましたか。今は、その感覚と何か付き合い方が見えてきましたか。
【尾崎】大きく変わってはいないんですけど、そんな自分でいることが仕事になったのは大きいですね。だからあまり変わりたくない、何かができるようになってしまうと都合が悪い、「できないままでいたいな」という気持ちもあります。
子どもの時の"できない"感覚の自分を使って、何か表現することができるようになったんです。これはインタビューでもずっと言っているんですが、子どもの時はいろんなことができなくて、そんな自分だからこそ今何かを伝えられたり、形にしたりできるようになったんです。色々と矛盾しているんですけど。
土台を変えてしまったら、今作っているものも崩れてしまうかもしれない。ジェンガみたいになっていて、そこを崩さないように作品を創っています。だんだん慣れてくるし、変な部分で器用になってしまうので、そのバランスはすごく気をつけています。
読者に言葉を投げかける怖さ
――器用になりすぎないように、といいますか。
【尾崎】いろいろと経験もしているし、難しいんですけどね。あまりにもそれを追求しすぎると嘘になってしまうから。本当に難しいです。
これまで長く活動を続けてきましたが、この連載があったことで、改めて自分自身と向き合えました。
掲載できる文字数も限られているため、言いたいことも削ったり、細かい部分にまで手を入れていって。誰かの悩みに答えているのに、こんなに自分の文章を直すのは歪だと思ったし、面白かったですね。本当に自分をいろんな角度から見ることができました。相談してくださった方のおかげですね。
悩みを送ってくださったのは、普段なかなか会うことができないようなタイプの人たちだと思うんです。バンドのファンは、自分を空っぽにしてそこに向き合ってくれる。こちらに全力で寄りかかって、身を預けてくれる。だから直接的なもので繋がっているなと思います。その分、危うさも感じるんですけど。
でも、PHPの読者で相談を寄せてくだる方の文章を読んでいると、やっぱりファンの方とは違う。そもそも入る隙間がそこまでない状態で、自分は何を伝えられるのかと考えました。
――この連載では、読み手にどう伝えるかということに、あらためて向き合うことになったのですね。
【尾崎】やっぱり、相談者を裏切ったり、「わかってないな」と思われたりする可能性もある。元から好きでいてくれたファンではないので。そんな中で、相手に言葉を投げかけていく怖さもありました。
何か見つかるだろうと信じて
――この書籍には、人と比べてしまうという悩みも多く収録されていますよね。世間では「比べるのは良くないこと」とよく言われますが、尾崎さんから見て、人が何かと自分を比べてしまう時、本質的には何を恐れていたり、何を求めていたりするんでしょうか。
【尾崎】みんなそうですよね。自分が羨ましいと思っている人も、誰かを羨ましいと思っていて、自分は届かないなと思っていたって、そんな自分を羨ましいと思っている人がいるかもしれない。これはキリがないですよね。
毎日いろんな情報が勝手に入ってきて、比べ続けてしまう。これはもう治らないし、しょうがないことです。でも、どうしようもなくて、その中でいいことを探して、嬉しいことを探して、今までやってきたなと思うんです。
インタビューでも、10代後半から20代前半は、お金もなかったし、何も上手くいかなかったと語ることが多いんですけど、よく思い出してみると、その中でも楽しいことや嬉しいことがいっぱいあったんですよね。
人間って、ちゃんとその中で何かにすがるように大事なものを見つけていく生き物だと思うんです。だから、重たい相談も中にはありましたが、自分が相談者の立場になって、きっと何か見つかるはずだと信じて書きました。
――相談してくれた方も、その中で何か見つけてくれるだろう、と信じて連載していた、と。
【尾崎】相談者をあえて突き放す回もあるんですけど、「なんでこんな奴に相談したのか」と悔しくなって腹を立ててもらっていい。人に相談するということは、自分を渡す、預けることだと思うので、それに対してすぐに自分を取り返そうとしてくれてもいい。とにかく、何かエネルギーにしてもらえたら。そんな気持ちで答えていました。
自分にもそういう時が少なからずあります。「この人に言わなきゃよかったな」「時間も無駄になったし、相手にも申し訳ない」と思う時が。でもそんな悔しさこそが力になる場合もあるので。だから、必ずしもいいことを言ってもらわなくてもいいんです。
あえてずれた存在でいようと思う回もあったし、本気で向き合ったのに、結局ずれてしまった回もあるかもしれない。ただ、自分がこれを書いてよかったなと思えるかどうか、これだけは大切にしました。少なくとも自分が"この文章を書けてよかった"と思っていなければ、本当に無駄になってしまうので。
(取材・構成:PHPオンライン編集部 片平奈々子)








